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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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493話 集りです

 気の毒だ。

 命の軽さを考えながらも、つい先程の男達に同情は出来なかった。

 カトリンが殴られたという怒りは、容易く私から彼らへの同情を拭いさったのだ。

 殴った張本人が誰かもわかっていないのに、鉱夫であるというだけで一緒くたに嫌悪の対象になっていた。

 暴力の矛先が自身や身近な人間に及べば、私の人権擁護の意志などすぐに吹き飛んでしまうものなのに、私はその価値観をなかなか手放す事が出来ずにいた。


 多分、私は善人でいたいのだ。

 それも顔の無い、どこにでもいる民衆のひとりとして。

 そうやって悪意に晒されないよう生きてきた前の自分の生き方が、今こうやって影響しているのだろう。

 悪い奴をやっつけた、悪い奴が痛い目を見た、それでスッキリしたと大声で言える世界なのにそう振る舞うのはモヤモヤとして躊躇する。

 日本で身についたこの倫理観は、心の根底に染み付いて落ちないシミの様だ。

 きっと頭が固いのね。

 自重気味に笑って釜戸へ向かおうとした時に、ひとりの鉱夫がニヤニヤしながら小声で話し掛けてきた。


「あんた、昨夜は大丈夫だったのか?」

「はい?」

 一体なんの事だろう。

「昨日、あんたが食堂を出た後、あいつも付いて行ったろ」

 彼は何が楽しいのか、嫌な笑顔を崩さない。

「私はひとりで、こちらをお暇したのですけれど……」

「あいつさ、死んだ奴。奴があんたの後をついてったろ。ちゃあんと俺は見たのさ」

 それは初耳だ。

 だから先程も、お仲間に昨夜の事を聞かれたのだろうか。


「私、昨夜の帰り道では誰にも会っておりませんわ。大体、夜道は暗いし人がいるかも分かりませんもの」

「案外、あんたがやっちまったんじゃないのか?」

 鉱夫はニヤリと笑って、手を差し出してきた。

 よくわからなくて一瞬ぽかんとしてしまったが、この人は私を脅しているのにようやく気付いた。

 私の立場が悪くなる証言をしないように、口止め料をせびろうっていうのね。

 元貴族の老女はさぞかしいいカモに見えるようだ。

 そうね、腕っぷしだって弱そうだし、たかるにはいい相手なのでしょうね。

 胃の奥からムカつきがせり上がってくる。

 自分よりも弱い者になんでもしていいと思っているなら大間違いだ。

 見くびられてなるものですか。

 私は手を前で組んで顎を上げた。


「失礼ではありませんこと?」

 思い切り傲慢な貴婦人が、人を見下すよう時の所作をとり、冷ややかな視線を送る。

 扇子があればより良かったのだけれど。

 この人達には強い事が大事なのよね。

 では、せいぜい強がらせてもらうわ。

 腕っ節は貧弱でも、淑女には淑女の戦い方がある。

 なまじ貴族社会で揉まれた訳でない。


「誰に向かってそんな口を聞いているのかしら?」

 とびきり冷たく、それでいてにこやかに笑って見せる。

 誰って食堂のおばちゃんにだろうけど、そんなもの勘違いさせてしまえばいいのだ。

 女を殴るのも、そういうハク付けのひとつなんでしょう?

 私は簡単にやられてあげるものですか。

 こちらの方が立場が上であり、後ろ盾があるのだと思いこませれば勝ちだ。

 何も嘘をついた訳ではないもの。

 そのまま黙って見つめていると、鉱夫はあわあわとし焦りだし自分から目線を逸らした。


 今は食堂のおばちゃんとはいえ、元は貴族上がりなのだ。

 こういう振る舞いは好きではないけれど、これが有効である事は残念ながら事実である。

 せいぜい有効活用させてもらわないとね。

 鉱夫の意識に、この老女はまずいと思わせるのに成功したようで、それ以上なにも言ってこなくなった。

 せいぜい、いもしない私の後ろ盾に震えるといいわ。

「おい、婆さんに手をだすなって言ったろ」

 私の肩越しからテオがにゅっと顔を出した。


「い、いや何も、俺は何も……」

 高慢な貴婦人の振る舞いは十分に彼を威嚇したようで、もごもごと言葉に詰まっている様を見ると少々やりすぎたと感じる程だ。

 だからといって許してあげる気はないけれど、恩を売るのも悪くない。

 人足頭のテオに睨まれたら仕事もしにくいでしょうし。

「林檎のパイをご所望なだけですわ。ね?」

 パイを乗せた皿を差し出しながら私がにっこりと笑いかけると、鉱夫はこくこくと首を縦に振り皿を奪い取るようにして席に戻っていった。


「絡まれてるんじゃなきゃいいけどよ。ロッテ婆さんも大変だな。来てすぐ人死にが出るとは」

「鉱山では事故が多いのでしょう? 気の毒なことですわ」

 古参の鉱夫が皆、どこかしら怪我をしているのを思い出した。

「まあ、俺らには他人事じゃないからな。俺だって明日どうなるかわからねえ。まあ、ここにいたら慣れるものさ」

「嫌な慣れですわね。そういえばカトリンが新参の方に殴られたそうですが、そういう話には慣れたくないものですわ」

 そんな気はなかったけれど、先ほどの事もあって気が立っているのかちょっと嫌味が入った言い方になってしまった。

 今だって助けてくれようと、声をかけてくれたのに私は心が狭いわね。

 でも鉱夫の治安はテオの仕事のひとつなのだし、今後も考えると口を出したくもなるというものだわ。



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