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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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491話 クズです

「ああ、婆さんか。なんだ、デザートか?」

 そう言ってグンターは皿を受け取ると、すぐに手掴みでパイを齧った。

 薄焼きの生地がパリッといい音を立てる。

 パラパラと食べカスが机の上にを汚すが、それを気にするような人間はここにはいない。


「うん、あっさりしてるがうまいな」

 ふっと表情が緩む。

 こんな人でも、物を美味しく感じると雰囲気が柔らかくなるのね。

 甘い物は偉大なのだ。

 これは一言物申すチャンスなのではないだろうか?

 私はここぞとばかりに意見した。


「あの、新しく来た鉱夫の方が、女性を殴るそうなんですが……」

 鉱山支配人は片眉を上げて、じろりとこちらを睨んだ。

 ああ、一瞬でいつもの偏屈なグンターに戻ってしまった。

 彼にとってはそれは些細な事で、食事の邪魔だとでも言いそうな表情であった。

「あいつらはクズだ。気にするな」


 なんて言い方!

 彼女達を、人のことをクズだなんて。

 批難しようと声を上げる前に、グンターは続けた。

「女を殴ったり盗みをするクズは、呪われてとっとと死ぬんだから放っておけ。鉱山のいい養分になってくれるさ」

 それは、まったく想像もしていない返事だった。


 私の早合点だった。

 彼は女性ではなく、鉱夫をクズだと言っていたのだ。

 それより傍若無人な彼が、女性を殴る事をクズだと分かっていたのも驚きだ。

 そして、この人の口からも鉱山の「呪い」が出るなんて。

 そんな迷信臭いことを信じるタイプには見えないのに。


 ぽかんとする私に、まるで彼らの事を口にする価値もないかのように別の事を話し出している。

「昨日の林檎煮もよく出来ていたし、昼のパイも良かった。これも婆さんが作ったんだろ。ロルフから聞いている。他にも何か作りたいものがあればやらせてもらえ、俺が許可する。貴族の生活をしてただけあって、俺らが口にする料理とちょっと違うな。出来が良ければ伯爵様の厨房にも入れるようになるかもしれんぞ」

 どうやら美味しい料理を作るのが伯爵の目に止まれば、私を食堂勤めに采配した支配人の手柄になるらしい。

 消えた鉱夫の事を忘れたかのように、すっかり彼の機嫌が良くなっていた。


 使用人の才能を見抜いたということで、伯爵に褒美が貰えるのを期待しているようだ。

 さっきまであんなに青い顔をしていたのに、現金な人だわ。

 でも、伯爵家に出入り出来るようになれば、私がここに来た経緯も聞くことが出来るかもしれないし、アニーを医者に見せる事も可能だろう。

 私にとっても悪いことではない。


「グンターさん、あっちに」

 私と話している所に、スヴェンが口を挟んだ。

 彼の言う方向をみると、食堂の入口に身を隠すようにしてひとりの男が立っていた。


 小雨が降っているせいか、男は傘替わりのフード付きの外套を来ていた。

 フードを被っていて判りづらいが、1度話した事のある私には、それが細工職人であることが分かった。

 目立ちたくないのか、入口の陰から出ようとしない。

 グンターは彼を見るとまた思い出したかのように機嫌の悪い顔になり、食事をよそに彼に早歩きで迫ると深刻そうに声をひそめて話をしていた。


「あれは細工職人さんよね?」

「ええ、ロッテさんには食事を届けてもらってますね。普段は人前には出ない人なんですが、珍しく消えた鉱夫の事で話があるそうで……」

 スヴェンは何か気になるようで、何度もちらちらとそちらを伺っている。

 周りの鉱夫達はそんなことは気にも止めず、自分達の酒と食事と雑談に勤しんでいた。


「まあ、何でしょうね。そういえば鉱夫が何人も消えるという話を先程伺いましたわ。私は存じ上げないのですが、そういうものなのですか?」

 スヴェンは、それをはたして話して良いのかどうか、逡巡してモジモジとしていた。

 ロルフも知っていた話なのだし、世間話でする分には問題ないと思うのだけれど、そんなに戸惑う話題かしら?

 きっと決断力がないのね。


「……。そう、ですね。鉱山はどこも脱走する鉱夫が付き物で……。強制労働の国営鉱山なんて刑期を待つより先に死ぬとか、入ったら二度と出られないといわれる過酷な所もあります。いえ、ここは他所に比べたらまるで天国だって話ですよ。ええ、他より仕事も少ないし、報酬も手厚いですから」

「それでもいなくなる人がいるのね」

 令嬢として閉鎖的な生活をしていた私からしたら、自由を満喫出来そうな場所なのに、彼らにとっては居づらいのかしら。

「ここは警備兵も門番も特にいないですから、簡単に外に出れちゃうんですよ。街が恋しくなったり、水晶を盗んで逃げる人とかが後を断ちません」

「警備兵がいない?」


 そういえば、グーちゃんもここの出入りに苦労してそうではないものね。

 元々の造りが堅牢であっても崩れたりしているし、見た目はすごい砦に見えても実の所はそうでは無いのだろう。

「ああ、鉱夫から見張り番を出してますから、野盗とかは心配ないですよ。そもそも学のない野盗なんかはここの鉱山の呪いを怖がって、まず近付かないですから……」

 鉱山は宝の山も同然なのに、鉱夫が見張りをするだけって大丈夫なのかしら?

 そもそも鉱夫に水晶を盗まれているなら、もっと警備に力を入れるものじゃない?

 随分とちぐはぐだ。

 でも呪いが防犯にもなるなんて、ここの鉱山の呪いはとても有名というわけなのかしら。


 そんな話をしていると、グンター達は話し終えたようで細工職人が去るところだった。

 グンターは中へ入ると食堂を見回してから、重い声を発した。

「消えた鉱夫だが、死体が見つかった」

 食堂は一旦水を打ったように静かになったが、次の瞬間にはざわめいた。




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