50話 お迎えです
大聖堂での用事を済ませて、やっと貴賓室へ戻ってきた。
内容の濃い午前中だ。
さすがに王子をこれ以上付き合わせる訳には行かないので、部屋の前までエスコートしてもらった後は丁寧にお礼を言って自身の公務に戻ってもらった。
もちろんクロちゃんの入場許可証は、もぎ取ってある。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
ソフィアが、笑顔で迎えてくれる。
きっと王子とデートして来たとでも勘違いしているのだろう。
ハイデマリーの見舞いだといってたのを、覚えてるかも怪しい。
それはともかく、私はご機嫌であった。
「ソフィア見て! クロちゃんも、ここへ来れるの!」
じゃじゃーんと、許可証を見せつける。
「王太子殿下の計らいですか? 良い方ですね」
うん、良い子だわ。
最初は不満そうな顔を表に出して、つまらなそうだったけれど素直にしてるとすごく良い子。
ちょっと怖いところがあるのは王族の血、故なのだろう。
今日もなんだかんだ付き合ってくれた訳であるし、一緒にいて楽しいと思ったのも確かだ。
ひとりだったら祭司長と会うのもしり込みしてしまったかもしれない。
いい友人になれると思うし、年頃になったらおばさんの目線からも査定したお似合いのお嬢さんを見繕ってあげたいという気持ちである。
それよりも前国王とは、どうすれば会えるのかまったく見当がつかない。
実際、むこうが出向くまで会えなかったわけだし。
もしこの恋が叶わなくとも、姿くらいはみたいではないか。
出来れば少しは会話もしたい。
このままTVの向こうの芸能人に恋焦がれるように憧れで終わってしまうとしても、少しでもこの気持ちを楽しむのは悪い事ではないと思うのだ。
「とりあえずクロちゃんを迎えに行きたいのだけど、私は王宮から出てもいいのかしら?」
ハイデマリーと違い何かが危険と言う訳ではないのだが、タウンハウスへの帰宅許可が出ないのが気になる。
ソフィアが、少し難しい顔をした。
「うーん。お嬢様は聖女様と呼ばれるようになったので王宮側からいうと、事態が落ち着くまで外出は不安があるのかもしれないですね。それで、王太子殿下の婚約者にはなられるんですよね?」
「え? 私はそんなつもりないのだけど……」
「お嬢様が目覚められるまで枕元で見守って、仲良く朝食をとって、一緒にお見舞いにいくほど仲がいいのにですか!」
目を丸くして、大声で驚かれてしまった。
そう言われてしまうと、確かに仲がいいと思われてもおかしくはない。
私だって息子がそんなことを知らないお嬢さんにしていたら、あらあら将来のお嫁さんねっていうだろう。
婚約破棄が気軽に出来るなら今はとりあえず婚約者になりましょうと言えるのだけれど、その行為が王位継承権にも関わってくるとなると踏み出せない。
それにほら、万が一にも前国王陛下と私が上手くいくということもありうるではないか。
そうすると孫の婚約者を祖父が盗ったとかは、外聞が悪いと思うのよね。
でも冷静に考えたら、孫ほど歳が離れているのだ。
上手くいく想像がつかないのも確かだ。
精神的には釣り合ってるはずなのに、実際には50歳以上離れているのだと思うと頭を抱えるしかない。
向こうからしたら、かわいい子供の戯言である。
幼稚園児くらいの子が、私パパと結婚すると言うようなものか。
うん、私でもそう思う。
今世好きな人が出来たという事実は、喜ばしいことだ。
恋愛は素晴らしい。
心に彩をくれるものなのだから。
かといって王子の申し出を踏みにじるのも心苦しいし、何か袋小路に追い詰められた気持ちになってくる。
そんな重い考えを吹き飛ばす様に、頭をぶんぶんと振って話題を変えた。
「見舞いと言えば、レーヴライン侯爵家の人を茶会で見なかった気がするけどソフィアは何か知っている?」
「あの日は、侍女しか来ていないようでしたね。茶会の様子はあれでしたが、普段は完璧な令嬢ぶりという話ですので、保護者は付けなかったのかもしれませんね」
そうか、あの種を見られたくなくて両親と距離を置いていたのかもしれない。
そばにいたら、いくら隠しても様子がおかしいのはばれてしまうだろうし、種の侵食を隠すためとはいえ、さすがに赤のドレスは大人にたしなめられていたはずだ。
私と違い社交に積極的で王都に何度も来た実績があるのならば、茶会くらいはと送り出してくれたとしてもおかしくはない。
評判もよく令嬢として完璧ならば、王宮茶会という特別な催しでも立派に振る舞うことが出来るだろうし、保護者を連れずに参加することは王太子の婚約者として高く評価されることではないだろうか。
普段の信用もあってちょうど自立心が出るころだもの、親離れの時期なのでしっかりしている子であるし安心して送り出そうと思うだけだろう。
そうしてハイデマリーは、侍女をひとりつけただけであの場に立っていたのだ。
訳の分からない呪いを受けながら。
自分が自分で無くなっていく恐怖と不安に震えながら、それでも立っていたのだ。
周りに心配されまくった上、これが初めての茶会だった私とはなんという違いだろう。
「せっかく許可が出たのなら、とりあえずクロ様を迎えにタウンハウスに人をやりましょう」
ソフィアがテキパキと手配してくれている。
ついこの間までは見習いだったのに、すごい成長の早さだ。
心強い事この上ない。
こういう世界では、子供は早く大人になるものなのだろう。
「クロちゃん、私が迎えに行かないと嫌がらないかしら?」
飼い主は何と言っても私なのだから、そういうこともあるだろうと口にしてみたら、意外な返事が返ってきた。
「クロ様は人懐っこいですし、何の心配もいりませんよ。いつもお嬢様がお勉強の間は、屋敷のいろんな人と遊んでいますしね。タウンハウスからの報告にも、機嫌よく過ごしていると書いてありましたよ」
クロちゃんは気立てがいい。
とんでもなく可愛いし賢いけど、そこはちょっと私がいなくて寂しがってほしかった。
いやきっと賢いから寂しいけれど強がって平気な振りをしているのかもしれない。
自分で自分を納得させようとしたけれど、確かにクロちゃんは人見知りをするそぶりがないので私がいなくても大丈夫なのだろう。
「とにかく、早めに連れてきてね」
結局、寂しくて仕方がなかったのは私の方だということなのは間違いない。
私自身はなかなか成長がみられなくて、悲しいほどだ。
私は本当にちぐはぐな存在だ。
大人のつもりで行動して子供を傷つけて、子供の行動で大人を困らせている。
赤子の頃の予定では聞き分けの良い大人っぽい令嬢になる予定だったのに、どうしてこうなったのかしら。
こうして私の逡巡をよそに、クロちゃんも無事王宮に来ることになった。
屋敷でもそうだったけど、王宮でもクロちゃんは人気者になるかもと私は、ほくそ笑んだ。




