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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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479話 粉挽き職人です

 その男の父親は粉挽き職人だった。

 粉挽き職人は風車や水車の力で穀物を石臼で製粉する専門職で、農民から持ち込まれた穀物の何割かを税として徴収する役割を兼ねている為、何かと農民達の注目を集める職業だ。

 日々の言動により人より尊敬される事もあれば、疎まれる事もある。

 彼等にとっては一番身近な権力者の手先でもあり、彼らと違い食うに困る事のない世襲制の職業は羨望の的だ。

 とはいえ当事者にとって、それが幸せかどうかは本人にしか分からないものである。


 その男の父親も例に漏れず、川沿いの石造りの水車小屋に居を構え、子供は3人男ばかり。

 父親は正直な男で農民から預かった穀物を誤魔化すことなく挽き領主に納める税分を除き、ささやかな手間賃の粉を受け取るのみであった。

 それでも農民にとって粉挽き職人というのは苦労して育てた穀物を掠め取る盗賊みたいなもので、忌々しく扱われる事も多々あった。

 水車を管理するのも、穀物を荷車で運んだりと肉体労働も楽なものではない。

 男は子供の時分から、何故苦労して製粉をしている自分達が周りから疎まれるのか理解出来なかった。

 父親はそんな苦渋をとうに飲み下しており、そんな所も不満であった。

 いっそこんな家業を投げ出してもいいのではないかとも意見する事もあったが、家族には子供の戯れ言として苦笑されるだけであった。

 農家よりも恵まれた環境にあっても、それを理解しないでいた。

 彼は粉挽き職人の子供としての生活しか知らなかったのだから。


 どの道、彼は三男であり長男の手伝いとしてそこに残るか家を出るしかないのだが、子供にはわからない話である。

 農家の子供達に家業を貶され、何度も喧嘩を繰り返した。

 それは彼なりに父親の名誉を守ろうとする行動であったのだが、大人しくしている父親の考えを理解する機会も家族が彼の行動を受け入れる事もなく最終的には荒くれ者として家を飛び出す事になる。


 教育を受けた訳でもなく、男にあるのは喧嘩と粉運びで鍛えられた体のみ。

 若者が都を目指すのは世の常で、近隣の町で幾ばくかの金を稼ぎ王都までの路銀を手に入れるとそのまま王都への乗合馬車に乗り込んだ。

 狭い村社会を馬鹿にして、広い王都という場所でやっと深呼吸が出来ると喜び勇んでみたものの、そこにある仕事は結局は身の丈にあった肉体労働くらいしかありはしなかった。


 それでも王都の女達は、露店の女でさえ紅を引き小奇麗にして男の目を楽しませてくれたし、それはとても魅力的に彼の目に映る事となった。

 干した穀物の茶色ばかりに囲まれて育った彼にはそれだけでも十分、王都へ来たかいがあったというものだ。

 日雇いの仕事をこなしながら王都の下町の花と戯れる毎日であったが、腕っぷしを見込まれて徐々に荒くれ者の仲間となっていった。


 それはひょんなことから始まった話だった。

 下町で定期的に鉱夫の募集をしているというのを、飲み仲間のひとりが聞きつけてきたのだ。

 よく聞けばオイゲンゾルガー伯爵領の鉱山で新種の水晶が見つかりその人足集めであるという。

 条件も良く、参加したほとんどの男達は王都には戻らず、まとまった賃金を手にしてそのまま故郷へ帰るというほどなのだ。


 鉱夫達は王都に戻っても下町に顔を出す事はなかった。

 仕事を務めあげれば中流の人々が住む区画を世話してくれるというのだから、これほどの高待遇はないだろう。

 鉱山では、食事の面倒もみてくれて酒も飲めて女も抱けるというではないか。

 そんな天国の様な話は怪しくもあったけれど、王都で食い詰めた人間にとっては無視出来ぬ話であった。

 鉱夫の募集が定期的にかかるのも、羽振りが良くなった労働者が早々に辞めていくので、そういうものだと説明されれば納得出来た。

 学も無く、身元の保証もない彼らが鉱山行きの馬車に乗りこむのは必然のようなものだ。

 疑うには相応の知識か経験が必要なのだが、それを持ち合わせる人間はそもそも彼らの周りにいなかった。

 甘言を用いて人を集めその実、奴隷同然の扱いをするのは史実にもよくある事である。

 日本だとハワイ移民や「地上の楽園」と銘打った帰国事業などがそれにあたる。

 その話に乗ったのが愚かであると言えるのは、後世の無責任な部外者であるからに他ならず、生活がかかっている当時の人にはわかるものでもないのだ。

 ともあれ、鉱山での生活は保障されていたし、少なからず戻って来た者は宣伝に偽りがない事を証明していた。

 それが幾ばくかの金を積まれた雇われ者であるかどうかを判断出来る者も疑う者もいない。

 中には昔からの鉱山の呪いに尻込みする輩もいたが、あるかどうかもわからない呪いよりも、目の前の金がすべてである。

 こうして鉱夫達を乗せた馬車は、高待遇の職場を求め幾度も王都と鉱山を往復する事になった。


 さりとて、その男が馬車に乗り込んだのはそのような事情ではなかった。

 新種の水晶、それは朧水晶と呼ばれる。

 幼い賢者が、枯れ果てた鉱山でその鉱床を見つけた事が社交界で話題となり新しいもの好きな人々に受け入れられた。

 従来の水晶よりも細かい細工が可能であり、そんな点からも貴族の女性達に重宝がられる事になる。

 それとは別に、観賞用に大きな朧水晶を家に迎える事が、ある種の男達の間で流行っているという事だ。

 大物の水晶はあまり出回るものではなく、かなりの高値で取引されているという。

 廃坑を抱えた経営難のオイゲンゾルガー伯爵家は、朧水晶のお陰で息を吹き返したのだ。


 そうしてそれほど金になる水晶ならば、それをそのまま頂いてしまおうという考えを持つ者も出てくる。

 実際、足取りが掴めない鉱夫の一部は朧水晶を盗んで逃げたと言われているので珍しい考えでもない。

 けれどもそんな考えを持つ者は、それが自分達が思いついた実に良いアイデアと思い込み実行するのだ。

 男とその仲間も、そのような輩であった。





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