470話 方法です
「今日は馬車が来る日だから、荷を見にちょっとな」
ロルフがくいっと顎で示す方を見ると、役夫達を乗せた馬車とは別に荷台いっぱいに食材を詰め込んだものがあった。
樽も幾つも積まれ、轍を一段と深く地面に刻んでいるのは、中身が酒や水だからだろう。
麻袋の中身は根菜類に果物かしら?
鉱夫達の点呼を終えると、スヴェンはそちらの荷の点検をしだした。
「スヴェンさんは働き者なのね」
私が感心しながらその様子を見ていると、ロルフの目は補充の鉱夫達をひとりずつを追っている。
この鉱山で働く人間を支える食材を迎える為に、ここに料理人が立ち会うのは至極当然のように思えたが、その実は違っていた。
「あいつらは食い詰めてここに来てるからな。手癖が悪いんだよ」
腕を組みながら、ぼそりと彼は呟いた。
食材ではなく、新しい鉱夫達を値踏みしに来たのだ。
「まあ、腹いっぱい食えるのがわかれば多少大人しくなるんだが最初はどうしてもな」
言われて見てみれば、彼らの顔は総じて荒れすさみガタイは良いが頬がこけているものもいる。
食事を満足にとれない生活をしていた輩は、隙があれば食材を盗もうとするのだそうだ。
それならまだしも飲み代に全てを費やしているような男、つまりはアルコール依存症と思わしき人間は何かにつけて酒を盗むので質が悪いのだという。
「そんな人を採用しなければいいのに……」
私がもっともな意見をいうと、ロルフも頷いた。
「散々、言ってはいるんだが王都の募集人の好みなのか、とにかく図体がデカけりゃいいってとこがあるんだよな。ここはそんなに重労働でもないんだから外見より、ちゃんと働くまともな人間を雇えばいいのによ」
彼は不満そうにそう吐き出す。
人手不足でそういう人達しか集まらないのだろうか?
社交界ではオイゲンゾルガー伯爵の鉱山では貴族が嫌う裏町の人間まで声を掛けて鉱夫を集めるので、慈悲深い慈善事業の一環として美談となっていたはずだけれど、確かにこんなに待遇が良いのだからもっと良識のある人間が集まってもいいはずだ。
ぱっと見、無頼の輩が占めていてこれから山賊でも始めるのかという雰囲気である。
ただ裏を返せば、せっかく鉱山まで働きに来て盗むなんて仕事を棒に振りそうな愚行にしか思えないけれど、その判断がつかない程追い詰められた生活をしてきた人たちだということだ。
そう考えれば、やはり慈善事業なのかしら?
貴族の善行として炊き出しが行われている場所もあるが、それはごく一部であり貧者全員に行き渡るものではない。
実際に職を与えるのは良い事である。
私だってお膳立てがなければアニーを抱えて食べる物に困っていたことだろう。
そう思うと、彼らを愚かしいと思うことの方が愚かであるような気がした。
結局私は安全な場所で好き勝手に自分の常識を振り回しているだけで、彼らの苦労の一端すら分かっていないのだ。
「来たばかりの奴は、自分を大きく見せようと威張り散らす奴も多いからな。当分はあんたも気をつけな」
ロルフの言葉通りふんぞり返っていたり、大きな声で威嚇する輩もチラホラ見受けられた。
高校デビューとか大学デビューという言葉がある通り、新しい場所で自分の居場所を確保する為にそういう振る舞いになっているのだろうか。
粗野な振る舞いは歓迎すべきものではないものだけれど、ここは貴族社会ではない。
彼らには彼らのやり方があるのだろうが、それでも去勢を張って見せる様は見苦しかった。
店員に怒鳴り散らしたりする人間はどこにでもいるものだし、彼ら自身はそのみっともない有様を自覚出来ないのも同じようであった。
自分の薄っぺらさをそうやって紹介しているようにしか見えないけれど、ああいう輩達同士にとっては大事な儀式なのかもしれない。
今もスヴェンが指示を出しているのに、薄ら笑って従わない。
給金を貰う立場なのだから、少しは融通を効かせて愛想良くすればいいのに。
そんな彼らを眺めていると、人足頭のテオがやって来て1番態度の悪い輩を有無を言わさず殴り飛ばした。
一瞬ざわめきが走るが、直ぐに静かになり皆が大人しくなる。
「暴力が1番だと思ってる奴には、あれが覿面に効くからな。相手に合わせてやるんだ」
呆気にとられている私に、ロルフがそう説明をした。
なるほど、あれが人足頭の仕事という訳か。
鉱夫達を取りまとめるのに有効なようだ。
暴力を肯定したくはないけれど、手っ取り早い方法であるのは間違いない。
彼らは明確に大人しくなり、無頼達を前にオロオロと納品確認をしていたスヴェンは、ほっとした表情を浮かべた。
「ああやって最初にガツンとやるのは毎回でな。新参に大きな顔させる訳にもいかないし、テオのことは乱暴者だと思ってくれるなよ」
暴力が秩序の手段のひとつに使われるのは好ましい事ではないけれど、これが現実なのだ。
もし、私が絡まれたらどうしよう。
綿棒かフライパンを持って歩く?
前世でも無頼の輩とは縁がなかったので、荒くれに立ち向かえるか不安になる。
いっそ悪餓鬼とでも思って、叱りつける方がいいかしら?
腕っぷしでは敵わないのがわかるだけ、気迫でどうにかしなければ。
緊張した面持ちの私に気付いたテオが笑いかけた。




