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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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469話 木彫りです

 最初に聞いていたのに、うっかりしていたわ。

 初対面の時はすぐに逃げられてしまったから単に人見知りが酷いのかと思ってたけれど、口がきけないせいで人を避ける振る舞いになっているのかもしれないわね。

 ジーモンはアニーをしばらく眺めるとふいっと踵を返して鍛冶小屋の方へと去っていく。

 交流は終わりかしら?

 口が聞けないなりに、こう身振り手振りで返事をしようもあるだろうに素っ気なさすぎね。

 その振る舞いはこういう閉鎖的な場所で暮らしているのと、人と関わらなくても生活出来てしまう事の弊害かもしれない。


 ここならグーちゃんを連れてピクニックが出来ると思ったけれど、こうも唐突にジーモンが現れるなら諦めなければいけないわね。

 小屋暮らしは窮屈だろうと心配したけれど、毎日洞窟へ頼んだ水汲みをしに行くだろうしグーちゃんの方がよっぽど私達より自由なのを思い出した。

 獣人だけあって身体能力も高いし、彼だけの鉱山への侵入ルートもあるようなので不自由はしないか。

 でも残念。

 ピクニックは、グーちゃんの息抜きの意味もあったけれど単に私が今そばにいてくれる人達と楽しい思い出を作りたかったのだ。

 シーツが乾くのを待ちながら日向ぼっこをしていると、またもやジーモンが現れた。


「何か忘れ物でも?」

 私の問い掛けを無視して、彼はアニーに手を差し出した。

「わあー!」

 少女は声をあげた。

 彼の手の平には、小さな犬の木彫りがちょこんと鎮座している。

「これをアニーに? あなたが作られたの?」

 こくんとジーモンの首が縦に振られる。

 それは素人の手習いというには、はるかに上出来な木彫りである。

 木彫りを冬の生業とするウェルナー男爵領の村人達に引けを取らないだろう。

「ぐーちゃ!」

 アニーは両手で大事そうにそれを受け取ると、木彫りに向かってそう呼び掛けて私に得意気に見せた。

 彼女は最初にグーちゃんの事を犬と思っていた節があるものね。

 そのまま犬はグーちゃんと呼ぶものと思い違いをしているかもしれない。

「これは犬よ。わんわね」

「ぐーちゃ!」

 頑なにグーちゃんと言って譲らない。

 うーん、訂正する気がなさそうだ。

 ここで押し問答しても仕方がないので、この木彫りはグーちゃんという名の犬ということにしよう。

「アニー、こんなに素晴らしい物を頂いたのだからちゃんとお礼をいうのよ。ジーモンさんありがとうって言える?」

 アニーはもごもごと私の言葉を小さく復唱してから声に出した。

「ジーモン」がどうにも言えないらしい。

「じーちゃ、あいあと」

 結局頭文字だけにする事で解決したようだ。

 少女の感謝を受けて初めてジーモンの表情が和らいだ気がした。

 思えば彼は私達に対して、変な緊張というか警戒をしている感じだった。

 ここの領主も閉鎖的だけど住民もそれに倣ってるのかしら。

 アニーの頭を躊躇いながらも撫でる姿は、微笑ましかった。


 昼食のパイもその場で食べて、雲が出てきたところでシーツを回収して小屋へ戻る。

 アニーははしゃいだのとお腹がいっぱいなこともあって、歩きながらこくりこくりと船を漕いで今にも寝てしまいそうだが、その手にはしっかりと木彫りの犬が握られていた。

 昨日よりも食欲があるようだし、量も多く食べたようだ。

 ロルフが提供してくれる料理は、鉱夫が相手なので量もカロリーも高いものである。

 少女にとっては残す事が前提になる食事だが、充分なエネルギー補給が出来るのは幸いだ。

 沢山遊んできちんと食事をとれば、アニーの身体も少しずつしっかりしてくるだろう。

 健全な体に健全な精神がと言う訳では無いけれど、体力不足だと気持ちも塞ぎがちになるのは確かだ。

 精神を今すぐどうこうすることは出来ないが、健康な体を作る事はいい事だもの。

 ここでの生活を通して、彼女の心が少しでも快方に向かうようにしなければね。


 小屋に戻ると、グーちゃんはまだ寝ているようだった。

 グーちゃんも起きる様子はないし、もしかしたら夜行性なのかしら?

 夜目が効くのは確かだし、洞窟の中では昼も夜もないので暗い場所で活動する方が得意なのかもしれない。

 アニーを昼寝させてから収穫した薬草をテーブルに並べて、料理用と香り用に分けてから根元を麻紐で縛って壁や窓辺に吊るす。

 ふんわりとハーブの香りが室内に満ちていい匂いが漂った。

 殺風景だった小屋だけれど、こうして薬草束を飾る事で華やかさも増した気がする。

 こういう何気ないささいな事が生活を豊かにするというのに繋がるのかもしれないわ。


 刻の鐘が鳴ったのを確認すると、私は手鏡を覗いてさっと髪を結い直してから、手伝いをするべく食堂へと向かった。

 時計が無いのは不便だけれど、鐘が鳴るだけましだろう。

 朝の6時から3時間おきに夜の9時まで6回鳴る鐘が活動の区切りになっている。

 朝6時の朝鐘で私は起きて、食堂へと向かうよう言われている。

 その他、家畜番やこまごまとした使用人達が起きる鐘だ。

 朝9時の鐘で鉱夫達は起き出し、夜の6時の鐘まで坑道にいるそうだ。

 今は昼3時の鐘が鳴ったところである。

 街中や教会がある村では、それに加えて夜3時の鐘が鳴るので日に7回鳴るのが普通だ。

 それは聖教師や修行僧が朝課を務める合図であるので、教会の無い鉱山では必要ないという訳だ。


 途中、入口の方でガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。

 何事かと覗きに行くと、馬車が6台ほど止まっていて、男達がそこから降りてくるところだった。

 見るからに荒くれ者という風体の男から、老人や若者まで年齢には幅があるようだが、一様に体つきは大きく上背がある。

 馬車の横には彼らと比べて見劣りするひょろっとしたスヴェンが名簿のようなものを持っていて、彼らの名前を確認しているようだった。


「よう、ロッテ婆さん」

 声を掛けられて振り向くと、そこには食堂にいるはずのロルフがいた。









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