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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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468話 洗濯です

 水と無患子の泡を含んだシーツは、岩の上でアニーの足の動きと共にじゃぷじゃぷと音を立てている。

「お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯へ……」

 まさに私が今している事は桃太郎に出てくるお婆さんと同じで、昔話が口をつく。

 アニーが首を傾げた。

 私の次の言葉を待っているようだ。

「川の上から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました」

「どんうらこー!」

「ええ、どんぶらこよ」

 言葉の響きが気に入ったのか何度もアニーは復唱している。

 そういえばどんぶらこって何かしらね。

 気にした事はなかったけれど、よく考えると不思議な擬音だ。

 ひとしきり桃太郎の話を語り終えるとシーツもアニーの小さい足に揉まれていい感じに洗濯出来たようだ。

 充分に汚れが出たところでシーツを川に浸すと、水の流れが布を揺らめきながら泡を流していった。


 川に反物を浸して染料を落とすのは確か友禅流しと言ったかしら?

 鯉のぼりの寒ざらしとかニュースで見て、自然の川面に揺れる染付けられた布の美しさに目を奪われたものだ。

 それの真似では無いけれど、こうして川の流れに任せる布はとても優雅に見える。

 アニーはそれを不思議そうにぽかんとした顔で見ている。

 洗うのも濯ぐのもきっと彼女には初めての経験だろう。

 かくいう私も川で洗濯なんて初めてなのだけれど。


 毎日はきついかもしれないけれど、たまにするなら手洗いの洗濯も楽しそうだ。

 この小川で泡を濯ぐのは水質汚染という意味では良くないかもしれないけど、洗濯場に持って行くには放置されていた古布は埃を吸いすぎているのだもの。

 呪いも鉱毒が原因だと思われるし、今日は大目に見てもらおう。


 ザバザバと最後に布を揉んでシーツを引き上げた。

 庶民の洗濯の要領はウェルナー男爵領で見掛けたくらいだ。

 あそこでは洗濯場で灰汁を使って汚れを落として、その後ろくに水を絞らずに干していたけれど、霊峰山脈を超えてきた風は乾いた空っ風で強く吹くのも手伝って乾きも早いとの話であった。

 普通の土地では絞りが甘いので乾くまで何日も、酷いと1週間かけて干すのだという。

 洗濯がすぐ乾くのが、あの土地の数少ない利点だと聞いたのを私は思い出していた。


 さて干すのはどこがいいかしら?

 王宮や貴族の洗濯場ではローラーで水を絞り出す絞り機(マングル)と呼ばれる器材も存在するが、一般的な庶民は手で絞って汚れの少ない地面に置くか、そのまま洗濯紐に干すしかない。

 あいにくここにはシーツを広げられそうな草場もないし、廃墟を漁って手に入れた麻紐は洗濯物を掛けるには少々頼りない気がした。

 これは適当な枝にシーツを掛けて干すしかなさそうだ。

 乾くのに数日はかかってしまうけれど、グーちゃんの寝床を気にしているのは私なのだから彼は気にもとめないだろう。

 何とか水気が減るように絞ってはみるけれど、ハンカチやタオルならともかくシーツは手絞りするには大きすぎた。


 諦めて干すのに向いた枝を探そうと見渡すと、小川の向こうに男を見つけた。

 険しい顔をしてがっしりとした体躯。

 それは昨日スヴェンと一緒にいた時に紹介された猟師であり鍛冶師でもあるジーモンだ。

 紹介と言っても会話を交わした訳でもなくそそくさと去られてしまったし、夕べも食事を運んでも返事もないことから人嫌いなのだろうと予想を立てた相手だ。

 この小川は鍛冶場の横にあるものだし、勝手にシーツを洗濯なんかして怒られてしまうかしら?

 とにかく挨拶して様子を伺うしかない。


「ご機嫌よう、ジーモンさん」

 私はすぐさまにっこりと笑い声を掛けた。

 彼は私の言葉に驚いたようにびくりとしたが、踵を返して去ってしまうような事はなかった。

 返事が無いのでそのまま私は話を続ける。

「シーツを廃墟で見つけたので使おうかと思って洗濯をしていたのですが、もしかしたらいけませんでしたか? 勝手をして申し訳ありません」

 ジーモンは黙ったまま首を振り、私の手にしたずっしりと水を含んで重いシーツに目を移すと小川をひょいと越えてこちらへと来た。

 怒ってはいないようだけれど、何か言ってくれたらいいのに。


 彼はそのまま私からシーツを奪うと手ごろな枝に掛けて端を合わせて持ってグルグルと捻って水を絞りだした。

 ああ、手で絞る事に何故こだわっていたのかしら。

 ジーモンがやった様に枝を利用すれば良かっただけなのに。

 私は目から鱗が落ちたような気分で、絞られて落ちる水を見た。

 男の力も手伝って最初はざばっと音を立てて大量の水が絞り落ちる。

 こんなに水を含んでいたのね。

 私の力じゃ一割も絞れなかったところだわ。

 医者の真似事もするというし、鍛治に猟師と機転が利くからこそ重宝されているのだろうと私は感心する。

 彼は何度かシーツを掛ける方向を変えてから絞り、粗方水気が取れたところで長い枝に干し直してくれた。


「これなら早めに乾きそうですわ。ありがとうございます」

 ジーモンは感謝の言葉に静かに頷いた。

 本当に無口なのね。

「昨日はきちんと挨拶出来なかったので改めて、ロッテ・シャルルヴィルですわ。この子はアニー。鍛冶場への食事を届けるのも私の仕事なのでお見知りおき下さいな」

 アニーは突然現れた男に少し怯んでいたけれど、私が話しかけたのを見て気を許したのか小さな声で「あい」とだけ言った。

 男の返事を待つが、頷くだけで何も語らない。

 そういえばスヴェンが彼の事を口がきけないと言っていたのを思い出した。




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