461話 捧げものです
夜中の営業を辞めれられればいいものの、オイゲンゾルガー伯爵から鉱夫達が満足するように酒場を開けるよういわれているのでそれも出来ないという。
それならばもう何軒か食堂や酒場を増やすべきなのに、伯爵は鉱夫以外の人員を鉱山へ入れるのを嫌がっているのだそうだ。
その分給金は破格で、3年もここで務めれば街の一等地に自分の店を持つのも夢ではないという。
そう言われてしまうと、最早黙るしかない。
ロルフが短期間で大金を掴む機会を、私が邪魔する訳にもいかないもの。
それにしても明け方まで酒を飲んでいたら、鉱夫は使い物にならないのでは無いだろうか?
それともお酒にうんと強い人達を集めてるの?
なんだか不思議な鉱山である。
思えば昨日会った鉱山の職員と思しき人間は、鉱山支配人のグンターと補佐のスヴェンだけだ。
鉱山の管理というなら、もっと沢山の職員がいてもいいのではないだろうか?
大事な鉱物を守る為の護衛や兵士も特に見当たらない。
現に私達を門の前で見つけたテオだって、人足頭と言っていたのだから鉱夫のひとりだ。
普通は専用の門番でもいるものではないの?
ただ私が見掛けなかっただけの可能性もあるが、スヴェンからは他の職員や護衛への言及もなかった。
そういえば鉱夫自体の数も少ないのではと、疑問に思っていたのだった。
オイゲンゾルガー伯爵は、極端な排他的な考えの持ち主なのかしら?
それとも吝嗇家で給金を渋っているとか?
それにしてはひとりに対しての支払いは破格だというし、少数精鋭主義なのかしら。
だけど鉱夫は下町で経験問わず募集というし、職歴も特に指定してないようだしよくわからない。
一番ありえそうなのは、折角掘り当てた新しい鉱石を他者から狙われないように人を絞って警戒しているとかかしら。
そうなると、ますます護衛がいないのがおかしい。
なんだか考えが空まわりしてしまっている。
そもそも私の様な身元の分からない人間を雇ってる事も変なのよね。
食器を洗い終えて戻ると、ロルフは既に生地を捏ねて成形しているところだった。
この朝昼兼用のパイは具こそ違え、毎日同じ形のものを用意しているのだという。
それというのも、鉱夫達は昼食を坑道でとる為、立ったまますぐ食事が出来るようパイ生地に具を入れたものだそうだ。
あれね、グーちゃんが私達の為に仕入れてくれたあのパイの出所はここだったのだ。
あのパイは具もいっぱいで生地もつまっていて厚くて食べ応えたっぷりだった。
「汚れた手で食べるから、こう生地の縁を折り返して持ち手にするんだ。そうすりゃそこだけ捨てればいいだろ?」
生地を整えながらロルフが説明してくれる。
なるほど、そうする事で皿も要らないという訳だ。
ぶ厚い生地も落とした時に表面を剥ぎ取れば、中身は食べられる寸法である。
単なる餃子型のパイだと思っていたけれど、試行錯誤の上こうなったのだろう。
捨てる部分は勿体ないけれど、汚れた部分を食べるのは体に悪いし鉱夫達は毎回食事前に手を洗う事もないだろう。
そう思うと衛生的にもかなっているし埃っぽい坑道で食事をとるには、それが最適解なのかもしれない。
「そしてその捨てる部分は『鉱山妖精への捧げもの』というんだ。知らないだろ?」
ロルフは少し得意げに言った。
あら?
それってグーちゃんが言っていた、ぐーうのご飯の事かしら?
「昔からの習わしで、鉱山を守る妖精様を怒らせない為の供物なんだそうだ。実際は汚いから捨ててるっていうのに、上手い事言いやがる。でも不思議な事に、次の日には鉱夫達が捨てたパンの端やなんやはきれいに無くなってんのさ」
鉱山妖精が、拾って集めて食べてるんだとロルフは力説していた。
小動物が食べる事もあるだろうけど、グーちゃんが言っていた真相はそういう事なのだろうか。
ともかく話からすると、鉱山妖精の正体の1部がぐーうを指しているには違いない。
私達の為にあの時は綺麗なパンを盗んでくれたけれど、普段は坑道に捨てられたパンの端を食べているのだろう。
「後、そうだな。ゴミ山から使い物にならない獣の死体とかも消えるから、それも鉱山妖精の仕業っていわれてるな」
その途端に、私の脳裏に洞窟からの道で見掛けたあの毛が生えた皮が浮かぶ。
グーちゃんはぐーうの食べ物があまり好きではないと言っていたから、普通のぐーうは生の獣がごちそうなのかしら。
人の食べ物もどちらでも食べているし、鉱山に捨てられているものはどれも自分達への捧げものだとぐーうは思っていそうだ。
パンの端もゴミ山の死体もどちらも食べるということは、鉱山はぐーうの食べ物の宝庫といえる。
ここが賑わっていた頃ならば、大量の廃棄もあっただろう。
グーちゃんが言っていた、人がいなくなってぐーうの仲間もいなくなったというのは、詰まるところ廃坑が原因でぐーうの食糧がなくなったので彼らも移動したという事だ。
皆と食の好みが違うから残されたというのは、なんだか変な話だけれどもし肉食の人達の中に魚の刺身好きな人が紛れ込んだら異質に思われるだろうし、幼稚かもしれないけれど生き物は異端を排除するものなのだから理解出来ないことではない。
菜食主義の人のテーブルに肉が乗っていては、心穏やかでいられないように。
だからといって去って行ったぐーうを擁護するつもりはないし、残されたグーちゃんを思うとその孤独は気の毒でならなかった。
「あら、あんたが新しく入ったっていう手伝い?」
食堂の掃除をしていると、女性の声が響いた。
見れば乱れ髪の艶やかな女性が食堂の入口にいる。
色の濃い口紅が引き立つ派手な顔をしている。
「ロッテ婆さんさ」
ロルフは特に女性に見とれる事もなく、パンを釜戸に入れている。
女性はロッテ婆さんという呼称に少々面食らったような反応をしているが、まあ貴族の女性を愛称で呼ぶなんて考えられないものね。
「あたしはカトリン。よろしくねロッテ婆。元貴族ですって?」
好奇心を抑えきれない瞳をこちらに向けている。
誰も彼も気になるのはそこらしい。
そろそろちゃんとした身の上話を、でっちあげないといけないわね。




