459話 お願いです
「ここ、あったかいでしね」
焚き火に当たりながら、土間に直接座るグーちゃんはご機嫌だ。
最初はあんなに明かりを嫌っていたのに、現金なものだ。
小屋が洞窟より快適なのは、人もぐーうも同じようである。
「グーちゃんに、ひとつお願いがあるの」
私はグーちゃんに洞窟の水を水筒で運んで貰うのと、私の不在中のアニーの相手を願い出る事にした。
引き受けてもらえたら、私の悩みは一気に解決だ。
見返りは、この小屋での寝泊まりと食べ物である。
わざわざこんな小屋を覗きに来る人もいないだろうし、もし来ても異形の彼を見たら白昼夢だと思うのではないだろうか?
この広い廃墟の中の一角にあるこの小屋に、グーちゃんが隠れ住むくらいは問題ないように思えた。
「おで、ここ、いいでしか?」
自信なげに問いかけられる。
いいもなにも、いてくれなくては困るというものだ。
「居てくれると助かるし、私はうれしいわ」
私がはっきりとそう答えると、グーちゃんの目が嬉しさからか細くなる。
ここまでの案内を果たした時は、アニーの泣き声で出てきた男の人を察して挨拶も無しの素っ気ない別れだったけれど、彼もやはり寂しかったのだ。
人とは違う生活をしているせいか、その行動は突飛だけれど確かに通じ合うものがある。
3人で過ごした洞窟生活で私が受けた穏やかさと楽しさを、グーちゃんもまた感じてくれていたのだと確認出来たようで胸が温かくなった。
何よりアニーのはしゃぎぶりを見ると、今更引き離すのは気の毒だ。
言葉は出ないが、ぴょんぴょんと跳ねて体いっぱいで喜びを表現している。
彼に懐いているのだし、一緒にいてくれた方が彼女の精神の安定にもいいのは明らかであった。
それに非力な老女と子供の女所帯だ。
閉鎖されたこの場所で物取りはいないにしろ、乱暴な鉱夫が貴族憎しと押しかけてくる可能性もある。
万一を考えれば、男手がある方がいい。
なによりグーちゃんがいてくれると思うだけで、心強く安心出来るのだ。
ひとりでアニーを守ることを思えば、気も楽だというものだ。
「いっしょ、いるでし」
キョロキョロと小屋の中を確認するように見渡してから、グーちゃんはゆっくり返事をした。
洞窟で誘った時は断られたけれど、実際にこの小屋の中に入った事で人里の暮らしの良さを知ったのかもしれない。
ここは街中でもないし、隠れる場所も沢山ある。
山を降りて人里で暮らすならば別かもしれないが、この鉱山でなら共同生活を続ける事が可能だと判断したのだろう。
グーちゃんの寝床をどうするか考えたけれど、そんな私の思案をよそに土間にそのまま横になるという。
流石にそれは申し訳無い気がしたのだけれど、さっさと火のそばにゴロ寝をしてしまった。
普段は剥き出しの岩肌の洞窟で寝泊まりしている事を考えれば、余程快適なようだった。
明日になったら使ってない廃墟から、シーツか藁敷きでも探して来ようか。
真似して土間で寝たがるアニーを宥めるのに少々時間がかかったが、私が一緒に寝台に入ってアニーを抱えて先に寝たふりをすると諦めて眠ってくれた。
今日は色々あり過ぎてもうクタクタである。
お風呂に入りたかったけれど、グーちゃんと再開した安心感からか眠気が襲ってきた。
そういえば風呂は別の場所にあるのよね。
明日にでも確認したいわ。
薬草も積みたいし、グーちゃんの敷布も探したい。
やる事がいっぱいね。
朝1番の鐘がなったら食堂の仕込みに行かなければならないし、夜更かししても仕方ない。
眠気に誘われるまま眠りについた。
パチパチと焚火の爆ぜる音。
鼻に馨しい木の燃える匂い。
頼りになるグーちゃん。
温かい腕の中のアニーの寝息。
久しぶりの寝台。
ゆるゆると時間が流れるようだ。
とても平和だ。
そうね、私はこんなゆったりした生活を望んでいたかもしれない。
贅沢も豪奢でもなく、粗末で素朴な身の回り品。
だけれどそれですべて足るのだ。
私はそれらのお陰で、すぐさま眠りに落ちることが出来た。
どこかで女性が嘆いている。
その女性は赦しを乞うていた。
何度も何度も謝罪を口にした。
それは誰かが聞き届けたのか。
それとも誰にも届かなかったのか。
それは私の知るよしではない。
兎にも角にも女性が謝り続けたのは事実だ。
彼女は何度も何度も赦しを乞うて。
そうして光に飲み込まれてしまった。
ゆるして
ゆるして
もうしません
わたくしがおろかだったの
たすけて
たすけて
おそろしい
おそろしい
わたくしもああなってしまうの
てのさきから
あしのさきまで
ここからだして
ねえ だしてくださいな
ああ
うつくしい
うつくしいひかりが
うつくしいひかりがみちていく
ここに
わたくしに
おそろしいほどに
うつくしい
うつくしいひかり
わたくしもうつくしい
あなたも
あなたも
あなたも
あなたも
「ねえ」
耳元で、囁かれた。
同時に鐘の音が響いて、起きる時間を知らせていた。
私はベッドから飛び起きる。
何だか嫌な夢を見た。
私は脂汗をかいていた。
女性が何かしきりに謝っていたけど、何だったのだろう。
何も意味の無い他愛のない夢?
言葉遣いからして、貴族の女性のようだった。
謝っている割に自分の事を美しいと言ってたり変な夢だ。
なれない環境が悪夢となって表れたのだろうか。
とにかく時間通りに起きれたのだ。
身支度をしなければ。




