450話 食堂です
「あんたが新しい調理場助手だって?」
恰幅の良い中年男性が、体を揺らしながらそう言った。
彼は長年ここを預かっている料理人だそうだ。
調理場は食堂とそのまま繋がっていて、表面に焦げ茶色の四角い不思議な模様のついた幅広の木造りの長机が調理台兼客席との仕切りの役割をしているように置かれていた。
壁の棚には酒瓶が並び、酒樽もいくつも用意されている。
酒場と言った方が相応しい程、どこを向いても樽だらけだ。
部屋の隅には空になったと思われる酒樽の上に板を渡した簡易的なテーブルも置かれており、人数が増えても融通が効くようになっているようだ。
食堂部分は2、30人が一度に食事がとれるくらい広く、ここをひとりで取り仕切るのは大変だろうというのはすぐに理解出来た。
「ロッテ・シャルルヴィルです。よろしくお願いしますわ」
ジロジロと私を見ているがグンターの様に女性として値踏みをするというより、職人が自分の戦力になるかと冷静に考えているような視線だ。
特に手を見ている。
つられて自分の手を見るが、皺がよって節くれだってはいるが傷ひとつなく働き者の手とは到底言えないものである。
彼が落胆したのは明らかだ。
体力がある若者でもなく、年老いて動けない代わりに熟練の技を持っている料理人であれば別であっただろうが、私はそのどちらともないのだもの。
「俺はロルフだ。料理の経験は?」
「調理場へは出入りしていましたし、新しい料理を作ったりした事もありますわ」
ここぞとばかりにアピールしてみるが、彼は興味無さげに「ふーん」と流した。
家の台所を預かった訳でもなく、調理場へ出入りしていただけではお眼鏡にかなわないという事だろう。
でも、実際子供だったので包丁を握ったりフライパンを揺すったりなどは周りから止められていたし、調理にはほとんど関わっていない。
私はしたかったけれど、怪我でもしたら大変だと触らせてはもらえなかった。
実際、私が言い出したからと包丁を持たせて何かあれば使用人達は解雇されていただろうし、止められるのも仕方がない話だ。
ロルフはきっと新しい料理というのも、貴族の気まぐれな料理人への口出し程度に思っていそうだ。
まあ私が作った新しい料理といっても、おやきとか蕎麦とか元々は前の世界のモノなのだから、自分の手柄と言う訳でもないのだけれど。
「仕事は朝晩の2回だ。最初の鐘が鳴ったら食堂へ来てくれ。この棚に前掛けとエプロンがあるからに来たら身に着けて帰りは籠に入れときゃ女共が他の洗い物と一緒に回収して洗ってくれる。朝の仕事は皆の朝食と昼に鉱夫が仕事をしながら食べるパンを焼く。夜は夕食の支度だ。ここはそのまま酒場になるから夕食の給仕までしてくれたらいい」
説明の時間が惜しいのか、一気に吐き出すようにそう言った。
忘れないようにしなきゃね。
仕事は思ったよりも拘束時間も短そうだし、自由があるようだ。
本当にお手伝い程度という感じである。
その辺も黒い雄牛の配慮ということかしら?
「まあ、いないよりましか。貴族上がりの婆さんをこき使い過ぎて倒れられて伯爵からどやされてもつまらんからな」
ムスッとした顔でロルフはそう続けた。
助手が必要なほど仕事があるのに、貴族で老女な私にそれほど割り振れないのが不満なのは目に見えていた。
私がいなければ新しい人手を増やせるのにと思っているのかもしれない。
「とりあえず釜土に火を入れてくれ。今日はうっかりして朝からの種火が消えちまったからな。焚き付けはそこの棚にある。俺はちょっと狩猟小屋に行って、獲物がとれたか見てくる」
そう言って顎で行先を示すと、彼は外へ出て行った。
壁際には煉瓦で組まれた石窯と釜戸が並んで作り付けられていた。
どちらも素人手で補修を繰り返したらしく表面はゴテゴテと漆喰が塗られたりしている。
侯爵家や聖女館で見た石窯の扉は蝶番のついた金属の扉がついていたが、ここの石窯は所々焦げの跡のついた木の蓋であった。
釜戸ひとつとっても違うのだ。
火を着ける魔法具はとキョロキョロと周りを見てみるが、それらしいものは無い。
棚を見ても調味料や食材の他には小さな古い木箱の中に松ぼっくりに細い木の枝や枯れ草、石と金属片という子供の宝箱のような他愛のないものが納められているだけだ。
これは困った。
何も無いところから火は生まれない。
少し思案してから魔法具がなければ魔法を使えばいいのだと気付く。
きっとロルフも火の魔法を使うのだろう。
ウェルナー男爵領へ付いてきてくれた料理人のダリルも火の魔法を使えたのではなかったろうか。
私は腕をまくると食堂の外の壁に積まれた薪を持ってきて釜戸に入れた。
後は私の魔法の炎の花なら、薪に直接落とせば火が上がるはずだ。
そうか、さっきの木箱の枯れ枝や草は最初に火をつける為の焚き付けなのね。
火種を大きくする為に燃えやすい素材が必要なのだっけ。
確かキャンプとかでも、最初から薪に火をつける訳じゃないものね。
ふんふんと納得しながら、私は詠唱を始める。
洞窟生活のお陰で炎の花はお手の物だ。
あれがいい魔法の訓練になっていたのは間違いない。




