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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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442話 枯れた山です

 この鉱山は、昔は銅を産出して伯爵領のかなりの長い期間を潤わせた。

 だが50年程前に鉱脈が枯渇すると、人も金も逃げ出して一転資金繰りに困る程になったという。

 鉱山というひとつの特産品にのみ頼った領地経営の失敗の代表例として、今では語られる領である。

 記憶に間違いがなければ位置的には何日か馬車に揺られれば、ハイデマリーのレーヴライン侯爵領やコリンナのクルツ伯爵領に行く事も可能な距離のはずである。

 この姿では取り合っては貰えないかもしれないけれど、ここが王国内であることは私に少しの安堵をもたらした。

「今は朧水晶(ダンケルクリスタル)の唯一の鉱脈として有名だな。賢者様さまさまだよ」

 親切にも男は観光案内でもするかのように説明しながら、最後にそう付け加えた。



 ここはオイゲンゾルガー伯爵領。

 この寂れ枯れた鉱山に幼いアニカ・シュヴァルツが足を運んだのは、少女の気まぐれとも天の啓示であるとも言われている。

 従者を連れた子供を訝しむ伯爵をよそに、子供好きの伯爵夫人が請われるまま鉱山を案内したのだという。

 そうして足を踏み入れたアニカ・シュヴァルツは迷うことなく廃坑へと歩みを進め、そうしてその先に誰もかつて見た事の無い淡く光を内包する水晶の鉱脈を見つけたのだ。

 その報は王国中を駆け回り、同時にひと欠片の水晶は高値をつけられ宝石好きの人々の間でもてはやされることになる。


 ある程度の量が供給され希少価値とも言えなくなってくると、次はその加工のし易さから細工師達の手により美しく削られ装飾品として持て囃されるようになった。

 硬すぎて削り出すのに難儀することも、脆すぎて細工中に欠けることもなく、そのどれもがひびや不純物も含まない美しい水晶。

 ほのかに輝く月の光のそれは「朧水晶(ダンケルクリスタル)」と名付けられた。

 煌めき人の目を奪うそれは、闇の中に浮かぶ様に輝き、時にその光を振るわせて歌うのだという。

 そんな噂がされるほど人々を虜にする魅力を持っているのだ。


 新しい鉱石、朧水晶の鉱脈を見出したとしてアニカ・シュヴァルツの名は魔力量の多さのみならず、慧眼を持つ少女としても名声を手に入れる事になる。

 特にオイゲンゾルガー伯爵夫人は、少女とその水晶を愛しその2つを触れ回るのに尽力したものだ。

 美しく着飾って社交界にその石を紹介し、或いは売り込みそしてアニカ・シュヴァルツの偉業として誉めそやした。

 貧しい土地に資源を見出したこの件は、まるで伝承や昔話で聞く偉人の所業そのものであり、彼女を賢者と成さしめる逸話として代表的なものであった。



 やはりこの事態は、アニカ・シュヴァルツがらみと考えていいのでは?

 偶然、彼女ゆかりのこの土地に放り込まれたなんて考えられない。

 私の姿を変えて、子供をあてがい一体どうしようっていうのかしら。

 そう思案しているとひとつの小屋の前に着いた。


「ほら、後はここで詳しく聞きな」


 ドンドンドンッ


 男は山肌近くの建物のひとつへ案内すると、扉を乱暴に叩いた。

 その音に驚いたアニーは目をぱちくりとさせ、見知らぬ辺りの様子をやっと理解したようでキョロキョロと見回している。

 森の中からガラリと変わった鉱山の作業場は、アニーの気持ちを逸らすのに最適だったようだ。

 すっかり涙は引っ込んでいる。

 だけれど新しい場所にはしゃぐことがないのは、この状況を飲み込めず緊張している私に影響されているのかもしれない。


「こないだ言ってた婆さんが来たぜ!」

 男はそう室内へ向かって怒鳴ると、私の足元へ荷物を置いてどこかへ行ってしまった。

 なんだか素っ気ない。

 だが一見乱暴だけれど、荷物も運んでくれたし説明もしてくれて親切な男だ。

 それにしても何ひとつ状況が、理解出来ない。

 私がここに来ることまで、折り込み済みであったということ?


 しばらくすると扉が開いて、中から狡猾さを思わせる狐顔の中年男性が現れた。

 その男はアニーを抱いた私を頭からつま先までじっくりと値踏みするように眺めると、ため息をついた。

「本当に婆さんが来るとはね。若い女なら使い道はいくらでもあるっていうのに……。俺は鉱山支配人のグンターだ。話は聞いている」

「私はシャル……」

 名乗られて反射的に自分の名前を言おうとしたが、彼が言うように私はお婆さんなのだ。

 自意識過剰ではないけれど、まがりなりにも王子の婚約者で教会から聖女として喧伝されているのだもの。

 名前くらいは耳にした人も多いだろう。

 老女が11歳のシャルロッテ・エーベルハルトの名前を名乗ったら頭がおかしいと思われてしまうわよね。

 どうしたものだろう。


 私の迷いをよそに鉱山支配人は言葉を続けた。

「あー、シャルルヴィル夫人だなんて上品に呼ぶ奴はここにはいないと思えよ。変わった苗字だけど異国から嫁いで来て、その嬢ちゃんの世話係になったって? 訳ありってのは聞いてるし、仕事をしてくれるならこっちは詮索はしない。こんな場所じゃあ皆、訳ありだしな」

 シャルルヴィル?

 誰かが私の偽りの身分でも作り上げたというの?

 それともその名前の別の人がいて間違われているのかしら?

 でも、いかにも私の名前をモジった感じではないか。


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