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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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441話 泣く子です

 これには困ってしまった。

 この場所に食べ物を取りに来るグーちゃんと、一生の別れという訳でもないはずだ。

 私達の会話で、アニーは離れてしまう事だけを理解してしまったのだろう。

 ここ数日の3人の生活が終わるのは確かであるが、人に洞窟での生活は辛いものなのだ。

 今は大人になっている私ならともかく、細くひ弱なアニーが健康でいるのに洞窟は適していないのだ。

 日中は日に当たれて、屋根と寝具のある家が必要なのである。

 それにずっとあそこで過ごしていても、何も事態は変わらない。


「ひゃああ! やああああああ!」

 アニーが悲鳴のような泣き声を上げる。

 私とグーちゃんの宥める言葉など届かない。

 そうだった。

 この子は精神的に幼いせいなのか、止める理性がないのか、びっくりする程大きな声で泣き叫ぶ事が出来るのよね。

 最初の出会いを思い返して途方に暮れてしまう。

 どうしようかと悩むまもなく、グーちゃんが無言でアニーの手を振り払いどこかへ去ってしまった。

「グーちゃん!」

 突然のその行動に何事かと止めようとするが、振り向きもしない。

 泣き叫び追いかけようとするアニーを引き止めながら、ふと石垣の方を見ると門の内側に設置されている櫓の上に男が立ち私達を指差しているのが目に入った。

 そして落とし扉がギギギッと鈍い音を立てながら上へ上がっているところであった。


 アニーの声が呼び鈴代わりではないが、石垣の中の人の耳に届いたのだろう。

 そしてそれにいち早くグーちゃんは気付いて、姿を隠したのだ。

 重い板の様な無骨な扉が上がりきると、男がひとりこちらへ向かってきた。

 警戒心から私の手にちからがこもる。

「大丈夫か? すごい泣き声だ。予定が早まったようだな? 今日着くとは思ってなかったよ」

 山賊とまではいかないが、十分に野性味溢れる中年男性が片手で頭を掻きながら手を差し出した。

 どういうことだろう。

 この男性は、まるで私がここへ来る事を知っていたような口ぶりだ。

「はじめまして……、ですわよね?」

「ああ、はじめまして。随分行儀がいいんだな。ほら、荷物を寄越してその子を抱っこしてやりな」

 どうやら差し出された手は握手ではなく、私の持っている荷物に向けられたものだった。


 ここで荷物を取られたらどうしようと一瞬頭をよぎったけれど、渡さずにいて暴力で取り上げられても為すすべがないのに気付いて大人しく荷物を差し出した。

「馬車はどうしたんだ? まさか麓から歩いて来た訳じゃないんだろう? 手前であんたらを置いて帰っちまったのかい?」

 返事をする暇もないくらい矢継ぎ早に質問される。

 男は単に頭に浮かんだ疑問を口にしただけで返事はいらないのであろうか、こちらの言葉を待つ感じでもない。

「あ、あの私がここに来るのを知ってらっしゃったの?」

「ハハッ、知ってらっしゃったときたかい。随分とお上品な言葉遣いだな。それよりなんで知らないと思ったんだ? 御館様がわざわざ言いに来たくらいだよ。先週から皆知ってるさ」


 御館様?

 こんな所に貴族がいるの?

 なんなのだろう、他に来る誰かと間違えているのだろうか?

 考えたくても泣きじゃくるアニーをあやすのに気を取られて冷静に考えられない。

 抱き上げたアニーは、それは軽くて小さくて頼りなかった。

 こんなに細い体でよく歩いてくれたわ。

 私に抱かれた事で少し落ち着いたのか、ひっくひっくとしゃくり上げてはいるが、泣き叫ぶのは止まったようだ。

「いやあ、その子の泣き声がなきゃ気付かなかったよ。今日は荷馬車が来る日でもないし、門番を置いてる訳じゃないから運が良かったな。でなきゃ夜の見回りまでほおっておかれてたかもしれん」

 結果的には、アニーが泣いて良かったようだ。

 よく見れば門には呼び鈴のようなものはなく、板と木槌が引っ掛けてあるだけだ。

「一応呼び鈴代わりにこれを叩くんだが、気付かない事も多くてな」

 石垣の中へ入るよう促す男からそんな説明を聴きながら進むと、背後で大きな音を立てて上げられていた扉は落とされた。

 それはもうここから引き返せない事を告げているようで、不安が胸に押し寄せてきた。


 石垣の中にあったのは、開かれた広場のような平地と穿たれた穴が幾つも並ぶ山肌であった。

 建物の陰には木の車輪がついた猫車のような運搬器具やツルハシにスコップ、麻袋などが置かれている。

 ここは採掘場であろう事が見て取れた。

 広場には木で作られた平屋が幾つもならび、その中の多数は古く朽ち果てている。

 昔は何百人とここで住み込みながら働いていたのだろう。

 そんな廃墟のような場所の一角だけ、建てられて数年と思われる新しい住居が固まって並んでいた。


「こんなに建物があっても、大半が腐って使いもんになんねえんだよ。その子が迷い込まないよう気をつけな。ここがオイゲンゾルガー鉱山の廃坑跡さ」

 男は私の視線に気付くと、そう説明してくれた。

「オイゲンゾルガー鉱山……」

 私は頭の中で、この国の地図を広げた。

 オイゲンゾルガーは確か王国の西にある鉱山を有する伯爵領だ。

 と、いうことは先程の御館様というのはオイゲンゾルガー伯爵を指しているのだろう。

 私とは全く交流がないはずだ。

 会えば何かわかるのだろうか。




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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ王国内だった。 悪意を持っているなら、国外に出せば確実なのでこの状況は何か別の意図がありそう。 [気になる点] 誰かと勘違いしているっぽい? とりあえず、エーベルハルトに連絡取れるまで…
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