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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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435話 手鏡です

 鏡を覗くのはいささか勇気がいった。

 大人、しかも老齢であるのは手の皺や節の様子でわかっている。

 ついこの間まで子供だったのに、今はおばあちゃんだなんて覚悟が出来ていないもの。

 鏡を覗いてしまったら、そこに老婆の顔が映っていたら、老いた現実を受け入れるしかないのだ。

 若返るのはともかく、急に老け込むのは抵抗が大きい。

 若さに執着した覚えはないけれど、1度死んだ身というのに、まだまだ驚く事だらけだ。

 アニーの笑い声を聞きながら、えいっと鏡を覗き込む。


 その小さな手鏡には、見知らぬ顔が映っている。

 ああ、やはり大人になっている。

 ただ不思議な事にその顔は、とても平凡なものに見えた。

 自分に与えられた受け入れがたい美貌でもなく、人の目を引く髪の色も目の色も違う。

 とても普通で、目立たない容貌になっているのだ。

 あれだけ目立つ容姿であった私は、平凡な見せかけになっていた。

 どこにいても目立たない、まるで前世の私のように。


 こうなっては、誰も私がシャルロッテ・エーベルハルトとは信じないのではないか。

 私がいなくなったら、家族は悲しむだろう。

 愛情深い子煩悩な両親だもの。

 兄が悲嘆に暮れるのも目に浮かぶ。

 行方不明のままでは死体が見つかるまで、手を尽くそうとするかもしれない。

 そうね、手紙を出すのはどうかしら。

 黒山羊様の命で旅に出る事にしましたとか。

 神様の名前を出せばきっと諦めてくれるわよね。

 ああ、でもそれだとクロちゃんも一緒じゃないとおかしいと思われてしまう?

 そういえば、クロちゃんとビーちゃんはどうしたのだろうか。

 私の部屋で待っているのかしら。

 こんなに姿が変わってしまっても、私だとわかってくれるだろうか。

 私が消えたあの家族を、守ってくれるといいのだけれど。


 もちろん王子との婚約は無くなるわよね。

 知らず吹き出してしまった。

 そもそも、ここから出て家に帰れるかもわからないというのに、今こんな事を考えても仕方ないのではないか。

 なんて滑稽なのだろう。

 そんな事を考えながらも私は、自分がシャルロッテ・エーベルハルトでなくなっていることに心のどこかで安堵しているのを感じていた。


 平凡なおばちゃんが、平凡なおばちゃんに戻っただけではないか。

 地位も名誉も若さも全て黒山羊様から貰ったもの。

 分相応というものがある。

 侯爵令嬢なんて、自分には恐れ多かったのだ。

 それを取り上げられたとして、嘆いたり恨むのは筋違いだ。

 ただあの温かくて善良な人達の家族では無くなった事が残念なだけ。

 そんな言葉がつらつらと自分の中から湧いてきたのが、なんだか少し怖かった。

 自分がこの状況を安堵してしまっている事が怖かった。


 風呂敷包みの方といえば、布類や着替えが入っている。

 きっとアニーが、クッションとして使えるようにこうしてまとめたのではないだろうか。

 どちらの中身も準備周到というか、明らかに洞窟を彷徨うのを前提に荷造りされたのがわかる。


 親切な気もするが、親切な人はこんな暗闇に子供を置き去りにしないわよね。

 荷物を改める間、視界に入る自分の手が大きくて皺っぽい事が落ち着かない気持ちにさせた。

 大人になる魔法でもあるのかしら。

 そういえば平凡に見せかける魔術があるということを学者から教えられた気がする。

 目的は分からないけれど、誰かが私に平凡な老婆になる魔術をかけたの?


「わんわー!」

「わんわ、ちがうでし。グーちゃん、でしよ」

「わんわ、わんわ!」

「ちがうでしよ!グーちゃんでし」

 私が思案にくれているというのに、2人はそんなもの何処吹く風といった様子でじゃれ合いながらずっと言い争い?をしている。

「しゃうー! わんわ、わんわ!」

「しゃうー! グーちゃんでしよね!! ちび! おで、グーちゃんでし」

「あいあ! あいー! ちい、ちあう!」

 お互い譲れないのか私に向かって自分の名前を主張している。

 その様子に毒気が抜けてしまって、私は乾いた笑いを浮かべた。


「はいはい、アニー。グーちゃんはアニーに『グーちゃん』って呼んで欲しいのよ。アニーだって名前を呼ばれるとうれしいでしょう? グーちゃんもアニーの事ちびだなんて呼ばないで」

 私が諭すように言い聞かせると、2人はは少ししょぼんとしながらこくりとうなずく。

 少し間を置いてからバツが悪そうに小さく呟いた。

「……、ぐーちゃ」

「アニー……」

 お互い一言ずつ交わして仲直りしたようだ。


「ちゃんと名前を呼べて偉いわね」

 私がそう言うとアニーは褒められたのが嬉しいのか、次は大きな声で言う。

「ぐーちゃ!」

 グーちゃんも満足したのか彼女の頭を何度も撫でて、アニーも楽しそうに笑う。

 2人の仲が良くて幸いだ。

 もし、アニーがグーちゃんを怖がって動かなくなっていたとしたら、洞窟から出るのは難しいものだったろう。

「グーちゃん、外に出るまでまだかかるのかしら?」

「そうでしね。あしおそい、そと、よるくらい」

 のろのろな歩みでも、今日中に外に出られるのね。

 そう思うと沈んだ気持ちも、多少良くなる。

 グーちゃんに先導されるまでは慎重に進んでいたし、途方もなく深い洞窟かと思っていたけれど、実際はそれ程でもないのだ。

 実は灯りと大人の足さえあれば、簡単に踏破出来る位のものなのかも。

「そんなに遠くないようで良かったわ」

「でも、ここまででし」

 グーちゃんがキッパリとそう言った。



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