428話 脆弱です
私は咄嗟に、彼女の体を押しのけてしまった。
軽い。
ふいに折れてしまいそうな程、細く華奢なその体。
「しゃうー……、あうぅぅぅ」
拒否されたのがわかったのか、少女はみるみるうちに涙を流して泣き出してしまった。
何をどうすればいいの?
ひっくひっくと泣きじゃくる声が響く。
泣きたいのはこちらだ。
私は途方に暮れてしまった。
混乱の中、ちりちりと炎の花が音を立てている。
しばらく泣いていた少女は、疲れたのかそのまま眠ってしまっている。
情けない事に私はただ彼女が泣くのを、呆然と見ているしかなかった。
そうして気付いた事がある。
泣いていて解りづらかったが、少女は私の知っているアニカ・シュヴァルツとは少し違うような気がする。
もしかして私のように記憶が無くて、その上知性を奪われた?
いや、それでも説明がつかない。
喋り方というかその幼児性のせいで確かでは無いが、まず声がこちらの方が柔らかく甘い気がした。
目元や眉は垂れ気味で、気弱げに見える。
可愛らしいけれど、誰もの目を奪う美少女という感じではない。
すごく似ているけれど、並べれば明確に違う。
あまり親しくない人なら同一人物だと思うかもしれないけれど、よくよく見れば別人だ。
他人の空似というけれど、まさにそれではないだろうか?
そこに気付いたことで、私は少し落ち着きを取り戻した。
先程は、薄明かりのせいで混同してしまったが、こうして寝顔を見ても違うのがわかる。
双子ではない。
もし血縁関係があっても、遠いものだろう。
まるで影武者みたい。
何度か賢者本人と言葉を交わしている私でさえ、こんな薄暗いおかしな状況下のせいで、同一人物と思い込んでしまったのだ。
なんて紛らわしい事だろう。
少女には悪い事をした。
よく見れば手足は細く、賢者と比べるとかなり痩せている。
貴族令嬢は運動をしないが、この細さは異常である。
筋肉がまるでないし、なにかの病気なのだろうか?
熱もないし呼吸に不安もないので、病気から快復したてなのかもしれない。
出会ってからこちら、疲れるとすぐ寝入ってしまうことが何度もあった。
そこからも、彼女は体が弱いのか極端に体力が無いのがわかる。
先ほどは名前と外見が似通ってるせいで、可哀想なことをしてしまった。
私はその柔らかな茶色の髪を撫でると、その寝顔に謝罪した。
それにしてもこれは偶然とは思えない。
アニカ・シュヴァルツに似た少女を用意して、私に何をさせたいのだろう。
よくよく見れば首元と指に黒い石の装飾品を付けていた。
これも賢者が付けていたのと同じものだといっていいだろう。
ただ、少女の物はどちらもひび割れて石が欠けている。
その違いを除けば、確かに同じ物だ。
子供が黒い石の装飾品をしているのは、かなり珍しい事だから覚えている。
ドレスにも合ってなくて、何度か気になって注目したもの。
その点からも、誰かがこのいたいけな少女を、アニカ・シュヴァルツに仕立てたのは間違いない。
しかも私の体は大人になっているし、本当に訳がわからなかった。
少女は1時間も立たぬ間に仮眠から目を覚ますと、先程までの事はすっかり忘れたようにまた懐いてきた。
実際、忘れてしまっているのではないだろうか。
わからないだろうが、もう一度私は彼女に謝罪をしたが、少女は笑うばかりであった。
「アニーは歩ける?」
「んっ!」
少女は唇をきゅっと結んで返事をした。
そろそろ出口探しに移らなければならない。
食糧にも限度はあるのだし、いつまでもこの暗闇で歌を歌って過ごせは出来ないのだ。
頼りない炎の花の灯りの元、アニーはよろよろと立ち上がってみせた。
ひとりで立ち上がるのが怖いのか、私の腕を必死に握っている。
慎重に足を前に出し、そろそろと歩いてみせる。
それはまるで、久しぶりに歩くので足の運びを忘れたような不自然な歩きだった。
ともあれ、どれくらい歩けるかはわからないけれど、本人に歩く気があるのは明白である。
荷物は鞄と大きな布にくるまれた包みの二つ。
包みは私の体に斜め掛けにして括って、片手に鞄をもって空いている手をアニーと繋ぐ。
素晴らしい!
大人の体である私は、大きな荷物もなんのその。
いざとなったら、少女を抱えて走れそうだ。
「大人って便利なのね」
そう呟く私に、アニーが首をかしげていた。
子供を抱えて大荷物を持って、誰かが私達をみたら家から追い出された親子に見える事だろう。
いや、孫とおばあちゃんかしら?
アニーが転ばないようゆっくりと歩きながら、周囲を警戒して目を凝らしてみる。
見渡す限り、岩しか無さそうだ。
昨日の何者かがいた形跡も、この薄暗さでは見つけることは叶わなかった。
床の炎の花の光が届くところまで移動して、また新しい花を灯す。
そうやって暗闇を払いながら距離を稼ぐが、特に何があるというわけでもなく無為に時間が過ぎていく。
距離を稼ぐといっても、私が目を覚ました最初の地点からそう離れてもいないだろう。
荷物を抱えて子供連れという点が、余計に時間を取らせていた。
わかったのは、この場にあるのは延々と続く岩壁であることだけだ。
「しゃうー」
しばらく前進を続けると、少女はか弱い声を私にかけてそのまま地面にしゃがんだと思ったら、こてんっと眠ってしまった。
こんな突然眠り込むほど頑張って歩いてくれたのだ。
私は荷解きして、少女の頭の下に鞄を置いて枕にした。
「んー……」
その動作に起きそうになったが、私は寄り添って横になると、その小さな肩をトントンと軽く叩いて手のひらでリズムをとった。
少女は眠ったままにっこりと笑うと、すぐに夢の中へ戻って行った。
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