425話 宝箱です
「りーご、りーご」
あら?気を許してくれたのかしら。
暗闇の中頑張った甲斐が有る。
何だか人見知りの猫を手懐けたようなそんな気分である。
「まあ、もう1度歌って欲しいのね。いいわ、一緒に歌いましょう」
そうこうするうちに、少女は私への警戒心を完全に解いたようだ。
私の膝に乗せられたその手にそっと触れると握り返してくれる。
かわいい。
とても小さい手だ。
こんな暗闇でひとりきりだなんて、さぞかし辛かった事だろう。
いや、もしかして辛いという事を、本人は理解していないのかもしれないが……。
「私はシャルロッテ」
馴れてくれたようなので、私は凝りもせず話かけてみる。
ずっと歌ってる訳にもいかないものね。
「しゃう?」
確かめるように繰り返して少女は口にした。
何だ、私の言っている事はわかるようね。
歌っている時も感じたが、精神的に幼いのか言葉をきちんと話せないようだけれどまったくの無知という事でもなさそうだ。
舌足らずな片言でも、それでも叫ばれる事を思えば気にもならない。
「ええ、シャルロッテよ」
「しゃうー」
「あなたのお名前は?」
言葉は通じていると思うのだけど、少し沈黙してから返事があった。
「あー、あー、あいあ」
「あいあ? あなたの名前はあいあなの?」
「んっ」
名前を呼ばれたのが嬉しいのか、突然少女は私にしがみついてきた。
私の腕の中にすっぽりと入ってしまう少女。
なんて小さいのかしら。
私だって同年代の中では小さい方だというのに。
少女は私を引っ張ると、何か大きな包みに触らせた。
目が効かないのでわからないが、どうやらそれは彼女には似つかわしくない大きな布の包みと鞄のようである。
私は何も持ってはいなかったけれど、この子にはどうやら色々と持ち物があるようだ。
この暗闇でなにがしらの物があるというのはとても心強いことだ。
私の気持ちは、宝箱を掘り当てたかのように高揚した。
一応少女へ断りの言葉をかけてから、手探りで中を確かめる。
中身をひっくり返しては、この闇の中では回収が難しいもの。
そうならないように、ゆっくり丁寧にひとつずつ取り出しては、時には匂いを嗅いで鞄の中身をあらためた。
まるで、目隠しをして箱の中のものを当てるゲームみたいだ。
私の素人鑑定の結果、それらはなんとパンや干し肉、水が入った水筒が幾つか、その他日常品と思われる小物や布類である事がわかった。
どれも綺麗に片付けられた状態で、荷が解かれてはいなかった。
この子は荷を開けようと、考えもしなかったのだろう。
ただ座り心地の良いクッションくらいにしか、認識していないのかもしれない。
もし私と出会わなければ、この子は飲料と食糧を枕にしながら緩やかに餓死していたのではないか。
なんて悪意のある行為だろう。
生きる糧を横に置いたから、後は死ぬのは自己責任とでもいうのだろうか?
直接手にかけるよりは、罪悪感は軽くなるかもしれないわね。
それとも私がこの子と合流するのを見越してセッティングしてあったとか?
鞄を開ける知恵も無い彼女に荷物をあてがったのは、余程の考え無しとしかいえないもの。
聞き出す会話は成り立たないけれど、この少女は飢え乾いているようにも思えないし、ここに連れてこられて間も無いように思える。
誰かが私とこの子を、当座の食糧と共にこの闇の中に置いていったの?
こんな事をして何になるのだろう?
「しゃう?」
少女のあどけない声があがる。
私が黙ってしまったので不安なのかしら?
ぎゅっと抱きしめると、抱きしめ返された。
きゃっきゃっと笑い声も出ている。
無垢で無知な少女。
何の陰謀かわからないけれど、私達を直ぐに餓死させる気はないらしい。
せっかく用意してあるのだから、食べても問題ないだろう。
こんな場所に閉じ込めておいて、荷物に毒を仕込んでおくとも思えない。
暴飲暴食しなければ、ある程度の時間は持ちそうだ。
「少しずつ食べましょう」
私は手探りでパンや干し肉、干した果物やナッツを暗闇の中匂確認すると、取り分けてひと口づつ少女に渡した。
少女が食べ物て遊ばないように、手を添えて口元へ運ぶのを手伝う。
彼女は素直にそれを口にしてくれた。
闇の中での食事は楽しいものでは無いはずだが、少女は嬉しそうだ。
保存食なのだろうか?そのいずれもが乾燥している。
食感はもそもそとしていて、それほどおいしくはない。
パンは硬く、干し肉は塩味が濃い。
それでも餓死するよりはマシである。
それをゆっくりとよく噛んで飲み下す。
ナッツの香ばしさとドライフルーツと思わしきものの甘味が口を慰めてくれる。
贅沢は言えない。
これが命を繋ぐのだ。
「あー、あはあ」
少女が楽しそうに笑った。
道行きの相手としてはこの少女は心許ないけれど、1人でなくて良かった。
もしずっと1人であったなら、絶望に飲まれて諦めてしまったかもしれない。
この子を無事に外へ出すためにも、頑張ろうという気になる。
もし、ひとりきりで荷物にも気付かなかったらどうなっていた事だろう。
すぐにこの子を見つける事が出来て良かった。
いや、すぐにこの子が見つかるようにした誰かがいるのだ。
そうでないと辻褄が合わないではないか。
最初は暗闇にひとりきりにしておいて、不安と絶望を味わわせてからこの子と物資を与える。
そうして、心細さと食事の心配を解消した訳だ。
かといって、頼れる相手で無いというところが手が込んでいるではないか。
もったいぶった嫌がらせというかなんというか……。
相手が私をすぐに殺す気はない事は理解出来るけれど、無事に家に帰す訳でも無さそうだ。
これはなんという茶番なのだろうか?
「アニカ・シュヴァルツ……」
それは自然に口をついて出た。
そう、こんな事をするのは彼女をおいて他にはいない。
「あい?」
意外なことに、アニカの名前に少女が反応した。




