424話 少女です
ここにいる少女は何者だろう。
元々知能に問題があって、ここで閉じ込められて暮らしている?
貧しい農家がそんな子供の置き場がなくて連れてきたとか?
いや、それならこんな暗闇に閉じ込めるだろうか。
闇の中でもここまで移動してきてわかったのは、ここは洞窟であるということ。
人工的に出来たものには思えない。
そんな洞窟の奥深くに、わざわざ子供を捨てに来る?
ここで育てるにしても、出口もわからないこんな場所に置いておくのも理解出来ない。
もしかして、私と同じようにこの暗闇に閉じ込められて、頭がおかしくなってしまった子供とか?
そこまで考えて、それは遠くない未来の自分のようで、ゾッとしてしまう。
今はまだ心に余裕があって大丈夫でも、私はこの暗闇の中でどれくらいの間正気を保てるのだろうか。
健康にだって悪いし、暗闇に閉じ込める拷問もあったような気がする。
私がまともであるうちに、ここからでなければ……。
そう心に決めると私は気付かれないように気配を潜めて少女を伺ったが、彼女は気ままに声を上げ続けるだけであった。
「うー、あー、うぅー」
そろそろと近付いて、先程よりも声がはっきり聞こえる位置まで移動する。
しばらくすると、岩壁をぺちぺちと叩く音がしてきた。
それは何か目的がある行動ではなく、声を出すのに飽きて手から出る音に興味が移ったように思えた。
まるで赤子のような行動。
その出す声も手が当たる音も、この少女には必要な刺激なのかもしれない。
暗闇の中は退屈だものね。
暴れる訳でもないし、大人しいものだ。
声をかけたら飛びかかってくるような凶暴性はなさそうだけれど、それは楽観視し過ぎだろうか。
この少女を置いて他の場所を探るか、保護するべきか。
保護するといっても、私自身まだ保護されるべき子供である訳だが、どうするのが正解なのだろう。
しばし逡巡した後、暴れる様子もないので私の存在を明らかにする事にした。
子供をこんな場所へ置いてはおけない。
さて、どう挨拶したものだろう。
「こんにちは?」
私は少々間抜けな発音で、その子に話しかけた。
声が出しづらかったのと、緊張したせいだ。
他に適切な言葉が見つからなかったので、挨拶になってしまったが悪い選択ではないと思いたい。
少女の動作が、ピタッと止まるのを感じる。
警戒はされているだろうが、まずはそれを解かなければ。
「あの、あなたはここにおひとり?」
続けて私がそう言うと、返って来たのは思いもかけないものだった。
「ひああああぁぁぁぁ!!」
つんざくほどの叫び声。
人の身でこんな大音量が出せるかというほどの悲鳴。
少女は全身で悲鳴をあげていた。
それはビリビリと空気を伝わって、この広い暗闇に反響する。
私は咄嗟に耳を抑えてしゃがみこんでしまった。
身がすくんでしまったけど、これはどうすればいいのかしら?
少女はひとしきり叫ぶと、身体中の酸素を使い切ったとでも言うように唐突に悲鳴を止めた。
実際、息が切れたのだろう。
ゼイゼイと肩で息をする音が聞こえる。
「何もしないから、落ち着いて」
私がなだめながら手を前に出すと、偶然少女の頭らしきものに触れた。
それに反応して少女は体を大きく震わす。
「ひっひいいいい! やああ、あああ」
声から、相当怯えているのがわかる。
失敗した。
そりゃあ、こんな暗闇の中で知らない人に触られたら私でも怖いかもしれないけれど、一体どうすればいいのか。
それにしても、随分下に頭があるのね。
何だか子供といっても小さいわ。
私より小さいなんて、幼児の声とも思えないけれど……。
ひとまず少し離れて悲鳴が収まるのを待って、声をかけ続ける事にした。
「私はシャルロッテ・エーベルハルト。あなたのお名前は?」
「ここには、いつからいるのかしら?」
「私は11歳になるの。あなたはお幾つ?」
反応の無い暗闇に声を投げかけるのは、結構な苦行な事であった。
少女は叫ばないものの、こちらを警戒しているのはわかる。
言葉も通じないのかしら?
言葉が出ないのは生まれつきなのか、それとも正気でないのか……。
しばし話しかけ続けたけれど、独り言を言っているようで気が滅入ってきた。
会話にならないなら仕方がない。
かといって沈黙も気まずいので、歌でも歌う事にした。
りんごん りんごん
鐘が鳴るよ
大きい時計の爺さまが
時間だ日暮れと鐘鳴らす
羊を追って 柵へ入れよう
藁を積み上げ 家へ帰ろう
かみさん 箒を立て掛けて
だんな ふいごを片付ける
りんごん りんごん
鐘が鳴るよ
大きい時計の爺さまが
時間だ日暮れと鐘鳴らす
この国で良く聞く童謡だ。
ヨゼフィーネ婦人に付き合って、救貧院へ行った時に覚えたものである。
素朴な歌だけれど、変に仰々しい聖歌や格調高い歌劇の旋律よりも素朴なその曲は子供受けがいい。
「りー……、ご」
どうやらお気に召したようで、少女がところどころ声を合わせてくれる。
これは、幼児だと考えて接した方がいいようだ。
何度か童謡を繰り返して歌ってあげると、少女がこちらへもぞもぞと近付いて来るのがわかった。




