422話 暗闇です
硬い。
最初に意識に浮かんできたのは、それだった。
いつの間に眠っていたのだろう。
こんな硬い床の上で寝ていたとは、体が痛くて当然だ。
暗い。
重い瞼を開けたというのに、目の前は暗闇ばかり。
鼻を摘まれてもわからない闇とは、こういうものか。
そっと暗闇に手を差し出してゆっくりと辺りを探ると、右手が壁に触れた。
床と同じく硬い。
ここは寒くも無く、乾いてもいない。
どちらかといえば、湿気がある方だ。
風は吹いていないが、息苦しさを感じることもないので密室という訳でもなさそうだ。
密室?
ここは部屋でさえ無いかもしれない。
ゴツゴツとした周囲の壁や床は、きっと岩なのだろう。
ぼんやりと寝惚けたまま、今いる場所を推定してみた。
一軒家でもなく、石造りの牢獄でもなく、ここは単なる大きな岩の穴。
ふふふ。
岩の穴ってなんだろう。
自分の考えにおかしくなって笑ってしまう。
どういう事だろう?
知らない間に、こんなところに運ばれて閉じ込められたということだろうか。
監禁というには、この空間は広すぎるし手足も拘束されてはいない。
自由に動けるがここに光は無く、手探りでしか周囲を伺う事は出来なかった。
なんだか気怠さが自分の心と体を覆っている。
この状況でこんなに落ち着いていられるのはそのせいなのかもしれない。
自分の周りに薄い幕があるような、ぼんやりとしていてぬるいお湯にでも使っているような感じだ。
そういえば魔法の練習をしていた時に、こんな気分になったことがある。
あれは魔力を使いすぎた時だったか……。
と、いうことは私は何か盛大に魔法を使ったのだろうか?
魔力を使う場面に追い込まれ、気を失ってここに運ばれた?
何が起きたのか記憶が判然としない。
光の差さない洞窟に生きたまま捨てられたというのが、この状況に1番合っている気がする。
だけれどその割には体の痛みは硬い場所で寝た程度だし、捨てるならもっと乱暴に放り込まれて怪我でもしていそうなものなのだけど。
一体どういうことだろう。
体のどこも打撲したようにも思えないので、丁寧には扱われたようだ。
「誰か……」
人はいないかと声をあげようと言葉を発すると、妙な違和感が付き纏った。
何だか声がいつもの自分のものとは、違う気がする。
明確に違う訳ではなく、掠れて低い。
喉を傷めたのかもしれない。
大声で叫んだ記憶もないし風邪をひいてる訳でもないのだけれど、思い出せない記憶の中にその原因があるのかしら。
もしかしたら、口を開けて眠っていたのかもしれない?
そんな違和感よりもこの状況ではらちがあかないし、人がいないか確認したい気持ちが先に立った。
「誰か、いませんか?」
暗闇に問いかけるように、もう一度言葉を投げ掛ける。
返事はない。
どうしようか。
大声を出してみる?
何が潜んでいるかもわからない場所で、それは少し勇気がいるような気がした。
しばらく耳を澄ませて周りを伺ってみた。
特に何も聞こえない。
耳を岩肌につけても、何の音も振動も聞き取れはしなかった。
「誰かいませんかー!」
逡巡した後、声を張り上げて叫んでみる。
それは意外であったが、反響を伴っていた。
声が響くのだ。
かなり大きな空間なのだろう。
結局、いくら待っても返事はなかったので、次の行動としてここに留まるか移動するしかないのがわかった。
暗闇の中留まっても、眠るしかやる事はない。
とすれば移動するしかないのだけれど、前に進むか後ろへ行くか、それとも左に行くべきか。
左手法だか、右手法なる迷路の脱出方法があったはずだ。
常に左手を壁につけたまま進めば出口へ着くというものだ。
娯楽として庭や催し物会場などに、迷路を作るのが流行った時に確立された方法らしい。
それも迷路の作りによっては確かではないそうだが、闇雲に暗闇の中を進むには悪くない方法だ。
意を決して暗闇の中、壁に手をついてゆっくりと立ち上がる。
天井が高いようで頭をぶつけずに済んだけれど、凸凹とした岩肌のこの場を光も無しに歩くのは、不安であった。
そうだ、魔法。
魔法の炎を灯り替わりに出来ないか。
そう考えた後、自分の衣服をパタパタと叩いてみる。
杖は携帯していなかった。
そもそも魔力が尽きているようなので、杖があったとしても意味を成したかはわからないが。
それにしても、服を触った感触も普段と違う。
いつもの上質な布の触り心地ではない。
ごわついていて、綿製品のようである。
スカートはパニエで膨らんでいないし、何よりコルセットもしていない。
これには少し驚いてしまった。
体形を整えるのは常識のはずなのに。
私が気を失っていたので、外してくれたのだろうか?
楽でいいけれど、自分の身に何が起きたというのだろう。
こんなところへ捨て置く者が、そんな気遣いをするものだろうか?
足元も上等な靴ではなく、木靴である。
見知らぬ場所で、知らない格好をしている訳である。
さあ考えるのよ、シャルロッテ・エーベルハルト。
行動を起こさなければ。
暗闇の中で、私は自分自身を鼓舞した。




