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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
幕間

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ロンメル会長と多忙な日々5

 商会を出て大通りへと向かう。

 道には花売りや、屋台の呼び声が響いてまだ夜が始まったばかりなのを教えてくれた。

 賑やかな街並みは、少々ささくれだっていた商人の心を和らげる。


 街の営みに目新しい物は特に見当たらないが、いつもあるものをあるべき所へ納めるのも大事な仕事だ。

 街を歩いているとしみじみとそう感じる。

 今は新商品や新企画に追われがちになっているが、昔から続く商品を過不足なく消費者へ届けるという事が商会の基盤になっている。

 染み渡る水の様に、人の手と手を結ぶのが商会の役割だ。

 少々気を負い過ぎたかな。

 ロンメルはそう独りごちると、細い路地へと方向を変えた。

 大通りから少し奥へ入ると、一般的ではないものを扱う店が増える。

 剥製屋や骨董品店、レートの怪しい両替商や気難しい店主の宝飾店、(まじな)い屋に埃っぽい古書店等、少々胡散臭い顔ぶれだ。

 それでも商会が立ち並ぶこの地区は、中流階級から上流階級を相手にする店ばかりなのである程度の格式は見て取れた。

 そのうちのひとつの建物にロンメルは足を向ける。


 黒く墨で塗られた看板には「影たまり」と彫られている。

 ロンメル商会は人の営みに寄り添い、怪異(オカルト)には手を出すなとの教訓があった。

 神性と怪異は紙一重のようなものだが、人は人を相手に商売すれば良いと何ともいえない言葉もあり、きっと先代の誰かが怪しげなものに手を出して痛い目にあったのだろうと、まことしやかに囁かれていた。

 そんな訳でこのような怪しげな店先にロンメルが立っているのは、甚だおかしいことであるのだが、ここへは仕事では無く個人として足を運んだのだから問題はないというのが彼の主張であった。


 普段の主義主張と異なるここは、いわゆるロンメルの隠れ家のような場所である。

「これはこれはロンメル様、お久しぶりでございます。にゃるしゅたん」

 木戸が開かれ中から上品そうな執事が現れると、語尾に不思議な文言を添えてロンメルを歓迎してくれた。

「今日は息抜きにゆっくりしようと思ってね。にゃるがしゃんな」

 ロンメルも同じようで、少し違う言葉を語尾に添えて返事をした。

 この奇妙な挨拶は、店を出入りする時の合言葉の様なもので誰もその意味を知らないそうだ。

 忍者が「山」、「川」と言い合う様に、ノルマンディー上陸作戦で「稲妻」、「雷」と使われた様に合言葉は時と場所を選ばず存在する。

 ここ秘密クラブ「影たまり」も、その秘匿性や特別感を出す為の演出に入出店時に合言葉を使用したに過ぎない。

 実際にはそれは古語であり、隠蔽されたある神の儀式における呪文の一節であるのだが、客達はそんな事を夢にも思いもしない事だろう。


 秘密クラブと言っても戸口は普通に通りに面しているし、普通の飲み屋とは大差はなかった。

 勿論クラブであるのだから入店に資格は必要なのだが、紹介者がいる事、中流階級以上である事、店内では怪異を否定しない事の3つを満たしていれば問題なく会員になれるので間口は広い。

 後は出入りの際に合言葉を言うくらいか。

 それはたかだか少年の頃の好奇心をくすぐる程度のもので、日常から離れるスパイスの様なものである。


 扉をくぐると店内は各テーブルの蝋燭のみで大変薄暗い。

 それもこの店の特徴といえるかもしれなかった。

 魔道具のランプでもなく、蝋燭というのがミソだ。

 蜜蝋で作られた蝋燭は、甘い蜂蜜の香りを漂わせながらジリジリと炎により身を削っていく。

 客はその頼りない灯りの元、飲んで食べて時には失意に涙したり恋しい女性への手紙を認めたりと、好きな事をするのだ。

 その光量では隣の人の顔もあやふやで定かでなく、客は一時、無貌の者となり好きに過ごす事が出来る。

 時にはふぅと息を吹き掛け火を消して、目を閉じ惰眠を貪るでもいい。

 ここはそんな気ままな店であった。


 ロンメルは既に妻帯していたし、職も安定しているので、勿論歌姫や美姫を相手に胸を焦がす詩を書いたり物思いに耽ることもない。

 テーブル席は断り、カウンターへと向かう。

「何か愉快な話はあるかな?」

 バーテンダーの向かいの椅子に座りながらロンメルは尋ねた。

「どんな話がいいですかね? 商売? はたまた色恋沙汰か」

()()()()まで来てそんな話はよしてほしいものですね」

「そうそう、出来の良い命の水(アクアヴィータ)が入りましたので、爽やかに萊姆(ライム)の汁で割りましょうか」

 ロンメルはその提案に頷いた。

 バーテンダーは後ろから瓶を取り出すと、高いところから器用に硝子のカップに注ぎ、果汁たっぷりのライムを絞って混ぜてみせた。

 薄暗い中のその様は、手品か魔術の様である。

 そもそもがバーテンダーは薬剤師の流れを組み、酒は薬であると言われた時代も存在した。

 蒸留酒を作る装置は複雑な婉曲を描き、素人からしたらまるで魔法装置にしか見えない。

 錬金術師は蒸留装置を使い魔法の源となる「賢者の石」を作ろうと躍起になり、その結果アルコールが蒸留され「命の水」と呼ばれる「蒸留酒」が完成する。

 蒸留装置は香水や精油作りにも役立ち、錬金術師は薬剤師に、そしてバーテンダーへと時代と共に姿を変えるのであった。


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