ロンメル会長と多忙な日々4
ロンメル商会からも駄賃は払っていたが、賭け事か女か或いは一身上の都合だろうか、彼なりに短期間で高収入を得る必要があったのだろう。
「次、会う時はきっと!」
そう言って酒杯を傾ける仕草をして別れを告げると、彼は王都から出て行った。
山へ行ってから、既に半年は経っているだろうか?
鉱山の仕事は、どこも人の出入りが激しくよく裏町でも求人しているという。
身元が保証されなくとも従事出来るが、堪え性の無い根無し草の様な生活をしてきた人間が続けるにはきつい仕事だ。
専門家である鉱夫組合の人間はともかく、大半の力仕事を担う集められた労働者達は消耗品のように使われる。
元々、続かないのを見越して短期での契約で始まるので、長く続ける事の出来る人間はそこほど多くは無い。
しかも朧水晶の現場は他の鉱山の賃金より高いのだ。
ひと山あげたい者にとっては、お手軽で丁度良い案件なのだろう。
人足集めの担当が仕事の無い者達に声を掛けて回って、ある程度人数が集まると馬車を立てて鉱山へ向かうのが定期的に行われているらしい。
王都の裏町は、将来を夢見て離れた村や街からやって来て挫折した者達の吹き溜まりだ。
鉱山を所有する伯爵は、そんな貧民に仕事を斡旋する意味でも社交界で高評価を受けているという。
ゲッツが未だ王都に戻って来ていないことを思うと、仕事が性に合ったと考えていいだろう。
人付き合いの上手い男であったし、鉱山に腰を据える気になったのかもしれない。
「半年もちゃんと務めているのなら、人足頭くらいにはなっているかもしれないね」
ロンメルは力仕事で逞しくなっているだろうゲッツを思い描いてみた。
人の入れ替わりが多いというのは、仕事がきついのだと容易に想像がつく。
給金が高いのもそれを示してしる。
原石を盗み出して逃げる鉱夫も多いと聞くし鉱山の管理は大変だろうが、それ以上に儲かるので領主にとっては鉱山の所有は家門を左右するものだ。
実際、貴族間で揉め事が起きた時に賠償金として価値を発揮するのも鉱山であり、揉め事の多かった時代はあちらこちらへ所有権利が渡ったという。
「お金持ちになって山を降りてきたら、きっと商会長を飲みに誘いにくるでしょうね」
秘書は楽しそうに口元に手を当てて、くすくすと笑った。
ロンメルはあれやこれやの仕事を終えて、ひと息ついた。
この忙しさの大半はあの侯爵令嬢の持ち込んだものなので、彼女が早く大人になって自分で取り仕切ってくれるようになるのをロンメルは願わずにはいられなかった。
いや、大人になって世間を見る視野が今以上に広くなったら、丸投げされる案件がもっと増えるのではないか?
その可能性に思い当たるとロンメルはゾッとした。
そもそもが王太子殿下の婚約者なのだ。
大人になるということは王妃になるということで、彼女は今以上の権力を手に入れた時どうするのだろうか。
自分で事業を立ち上げるのか、仔山羊基金を存続し利益を民衆へ還元し続けるのか、それとも国政に身を乗り出すのか?
いや、彼女は勤勉な様でいて実は怠惰を好むような気がする。
そもそも王太子のお茶会に出るまでは箱入りのお姫様であったし、その後も王宮では仔山羊と小鳥と散歩を日課にするくらいのんびりとした時間が好きな人間なのだ。
大人になったからと言って、今やっている仕事の丸投げをやめるかというと、そう変われるとは思えない。
大人になっても同じように、こき使われるのではないだろうか。
いや、侯爵令嬢には素晴らしく儲けさせて貰っている。
感謝こそすれ、恨み言をいうのは間違っているというものだ。
僻地のウェルナー男爵領を観光地に仕立て上げ、ロンメル商会直轄の工場や工房を置き、直行の馬車の運行にも成功したお陰で押しも押されぬ大店となった。
仔山羊基金もロンメル商会を軸に利益を出し、彼女の資金源として育っている。
良いことずくめと言ってもよいのだが、事あるごとに彼女はにっこりと微笑んで言うのだ。
「ロンメルに任せましょう?」、と。
それは一種、魔法の言葉で富と名誉を生み商会を潤しながらも、商会長の胃を苛むのであった。
これはいけない。
ロンメルは自分の思考が良くない方向へ向かうのを感じると、強引にそれを停めた。
侯爵令嬢は商会に利益をもたらす恩人であり、決してロンメルを苦しめたいと思っている訳ではないのだ。
そう考えてしまうのは忙しいせいであり、自分に余裕がないせいだ。
余裕がないのは後任の育成が十分ではないからで、それは侯爵令嬢とは全くの無関係の事である。
胃が痛むのもきっと多忙を言い訳に消化の悪い露店物で食事を済ますせいだ。
自分の未熟を子供に押し付けてどうすると、彼は自身を叱咤した。
人員の補充と役員の充実が、それを解消してくれるのは明白だ。
ここのところ忙し過ぎた。
心と体に休養をとらないと。
そう決意すると即裁量の必要なものだけ手早く片付けて、ロンメルは商会を後にした。




