42話 恋の話です
「王太子妃を狙ったのであればこの国の転覆や斜陽に繋がりますが、婚約者候補となるとその座につきたい令嬢、あるいはその貴族ということになりますね」
そんなもの、言ってくれたらくれてやったのに。
庭園での失態があったので、余計に腹立たしい。
とっととその誰かが王子を篭絡してさらってくれていたら、私もこんな苦労はしないですんだのだ。
私はまだいい。
クロちゃんがそばにいたのだもの。
ハイデマリーはあんな醜いものを身に宿して、どれほどの苦痛だっただろう。
「ナハディガル様、ハイデマリー様は今どうしていらっしゃるのですか? 聖教師様とお医者様がついてらっしゃることは伺いましたが、お見舞いにはいけるのでしょうか?」
「お優しいシャルロッテ様、あなたなら顔を出しても誰が文句をいいましょう。この陰謀劇を防いだ女神なのだから。望むのなら私は地の果てまでもお送り届けましょう」
いや王宮のどこかにいるという話よね。
なぜいつも規模が大きくなるのだろう。
「それはともかく」
すっかりお見舞いに行く気になっていたところなのに、ナハディガルが制止した。
「ノルデン大公陛下にあなた様がプロポーズをした話は、どういうことなのでしょう」
ナハディガルが、貴賓室に爆弾を落としました。
求ム、爆発物処理班。
ソフィアは顎が外れるんじゃないかと思うくらい口を開け、母は「なんですって」と声を上げて立ち上がった。
ナハディガルは、しれっとした風情だ。
まるで私の浅はかさをあざ笑うかのように。
いやこれは拗ねて、私を困らせようとしているのかも。
「私は年の差もあってずっと遠慮していたのですよ? まさかノルデン大公陛下をお相手に選ぶとは。王宮ではすでに、その話が広がっております。王太子殿下が相手ならばと我慢して沈黙していましたが、ノルデン大公陛下へあなたが求婚するなら、私があなたの夫候補に名乗りをあげても神は許して下さいますでしょう」
「なんですって? なんですって? なんですって??! シャルロッテ、あなた王太子殿下と庭園にデートにいったのでしょう? 何故そこでノルデン大公陛下が出てくるのです? そもそも王太子殿下の婚約者の話は、一体どこにいってしまったの!!」
ああ、母の取り乱す姿など初めて見ました。
これは心にくるものですね。
私もその立場なら、同じことを聞いたと思います。
遠い目をしながら、どうすればいいか模索するが何の案も浮かんでこなかった。
「ノルデン大公陛下には断られましたので、その話はないも同然です。あと婚約者の話ですが、今現在は保留になっているというか」
ここまで話して、王子のあの様子を思い出し怖くて言葉が詰まってしまった。
「なにがどうしたのか、きちんと話なさい!」
「ちゃんと話してますわ。王太子殿下に婚約の話をされたのですが、返事をする前に私がノルデン大公殿下に恋をしてしまったの」
ええい、もうどうにでもなれだ。
正直にストレートに伝えた。
「恋を!!!!」
母とナハディガルが、同時に叫んだ。
「あれは政治的な何かではなく、純粋に恋をしたというのですか?」
泣きそうな顔で、ナハディガルが問う。
「私が恋をするのはおかしいですか? 相手を好きになるのに、年齢は関係ないではありませんか」
「それは……、確かにそうです。私も叶わぬ歳の違うあなたという相手に恋をしています。でもだからといって孫ほど歳が離れている相手では、何かおかしくないですか? 一体何が貴女の琴線に触れたというのでしょう。シャルロッテ様はお爺様を亡くされているので、お寂しい思いをノルデン大公陛下への恋心と間違えられているとかでは?」
どこかで聞いたような話だ。
母が恋しい王子は私の中身に惹かれて、祖父を知らない私は大公に思慕を募らせた?
はたから見たら、私も王子も同じことをしているように見えるのかもしれない。
ただ私の中身は死んだ時には50だったし、こちらの年齢も合わせたらなんと還暦間近なのだ!
仕方ないではないか、年齢のつり合いは大事でしょう?
口では歳の差なんてと言いながら一番そこにこだわっているのは私だ。
しかも相手は、とてつもなく格好が良いのだ。
威厳もあってユーモアもあって、私を淑女として扱ってくれて。
そばの一輪挿しに差してあった大公からもらった薔薇がふいに目に入る。
あの時差し出された一輪の美しい薔薇。
私は王子からもらった少女らしい可愛らしい沢山の花束よりも、この一輪が良かったのだ。
その途端、私は泣き出してしまった。
ずっと中身がおばさんで悩んでいて、父親でさえ年下だったのだ。
異性として好きになれる人が出来るなど思ってもみなかった、心が動くなど思わなかった。
そこに自分の幸せを見つけてはだめなの?
中身を良く知る時間はなかったが、好ましいと思ったのだ。
この人なら自分の悩みを気にせず、一緒にいられると。
泣き出した私を前にナハディガルは狼狽し、母も久しぶりに見る私の大泣きにびっくりしている。
ソフィアが駆け寄って私の涙をハンカチで拭ってくれているが、泣き止める気がしない。
私、令嬢としてがんばったじゃない
窮屈な生活も我慢したじゃない
恋くらいしてもいいじゃない
とめどなく溢れる涙が、抑えていた思いと共に流れていった。
恵まれた立場に不自由ない生活。
贈られる美句と賛辞。
世間的にみたら幸せのはず。
幸せであると断言できる。
こんなに泣くようなことはないのだが、人は幸せの上にあぐらをかいて欲を出すのだ。
泣きながら思う。
ちゃんと私は子供なのだと。
子供であるのだと。
と、いう訳で子供特有の泣きが入ったせいで、この件は一旦うやむやになりました。
少々気恥しい思いをしたけれど、母も詩人も泣き出した私が8歳だと思い出してくれたようで、分別がまだ付かないのだからと鞘に収めてくれた。
ずるい様だが、子供万歳である。
王子にも、この手は使えないものだろうか?
あの時8歳だからわかりませんと言えば良かったのだと今さらながらに思う。
王子があのまま怖い何かになりませんように。
そう思いながら、ウトウトと眠りにつく。
泣くのは体力を使うのだ。




