413話 ダンスのお相手です
ダンスには不似合いな小難しい顔をして言う。
「考えても見て下さいシャルロッテ様。私の年齢でこの様な場で最初のダンスを男性と踊れば、周りからは結婚相手と思われてしまいます」
そんなに年嵩がある訳ではないけれど、確かに大人の女性なのだから周りは噂するかもしれない。
どこの世界にも、男女の仲を取り持ちたいお節介な人はいるものね。
「せっかく気楽な独身でいるのに、逃げ回るのは面倒ですからね」
ラーラは今や押しも押されぬ王国の実力派女騎士だ。
名誉と武力を手に入れる為、迎え入れたい家門も多いだろう。
それこそもう騎士としては充分の名声を稼いでいるから嫁いだら家に入れと言われかねない。
本人は騎士を続ける為に結婚を避けているが、ハンプトマン中将のような輩にはそこをついて嫌味を言われるのが欠点だ。
だけれど今日のラーラの美しさを見れば、もう好きには言えないだろう。
「アデリナの魔法は素晴らしいわ。あなたは私の1番の騎士だけれど、今日は同時に1番の淑女でもあるもの」
「シャルロッテ様……」
「あなたは私の自慢よ。私の剣、炎の花ですもの」
言葉に尽くせないが、心を込めて伝えるとラーラは目を伏せて赤くなった。
「噛みつき男」を、ルフィノ・ガルシアの命を、私の代わりに剣を振るい奪ったラーラ・ヴォルケンシュタイン。
私の意思が、彼女に人の命を奪わせたのだ。
彼女には返せない程の恩が出来た。
それは今に始まった事ではないけれど、ウェルナー男爵領でもシュピネ村でも、彼女はいつも命を賭して私に尽くしてくれたのだ。
感謝せずにはいられないというものだ。
1曲終わると、意外にも観客はこちらへ押し寄せては来なかった。
王子の元へ向かう私がいるため、それの邪魔をする事は出来なかったのだろう。
なるほど、そう考えると最初のダンスを私と踊るのは変に勘繰られる事も無いし、人も避けてくれるのでいいアイデアだったといえるだろう。
ただ、ひとつを覗いてだが。
「フリードリヒ王太子殿下、シャルロッテ様を返しに参りました」
恭しくラーラは礼をとる。
王子は気分を害することなく拍手で迎えてくれる。
「なかなかの見物だったよ。さて、次は私と行こうか」
ラーラにとられた手は、そのまま自然に王子に渡される。
私達は意識して見ないようにしていたが、壁際からの異様な圧力かけてくる男をこれ以上は無視出来なかった。
「何故、何故私を差し置いてラーラと踊るのですか? 桜姫よ」
ギリギリと歯ぎしりが聞こえてきそうなその人はナハディガルである。
「噛みつき男」を倒した時には颯爽と現れてとても格好良かったのに、普段は何故こんなにも残念なのだろうか。
「し、師匠! 申し訳ありません。本日は立場上、最初に踊らなければならず、お嬢様を誘ったのは苦肉の策でして……」
ラーラが申し訳無さそうに、ぺこぺこと頭を下げている。
この師弟関係もなんだかおかしいわよね。
脳筋かと思えば、こうやってわけのわからない会話をしている。
「苦肉? 桜姫と踊る至福の時を苦肉と表現するのかラーラ・ヴォルケンシュタイン! お前は一から言の葉を学ぶ必要がある。いいか良く聞きなさい、この美しい夜の集まりに気まぐれに参加した精霊のような桜姫の……」
詩人はうっとりと、陶酔したように目を瞑って演説しようとしている。
一体、彼の瞼には何が見えているのか。
現実を見てほしいと切に願う私である。
「ナハディガル、そこまでにして。せっかくの夜なのだもの、師匠としてラーラと踊って来なさい」
これは、いい案ではないか?
ナハディガルが相手なら、ラーラにとやかく言う人もいまい。
ラーラは恐れ多いと腰がひけている。
私と踊るよりよっぽど自然なのに、剣の師匠の方がもしかしたら私より立場が上だと思っていそうだ。
「ラーラと踊れば桜姫と踊れるのですね? そうですね? そうなんでしょう? ああ! これは間接キスならぬ、間接ダンスというものでは? なんという奥ゆかしさ!! ラーラを通して、私と貴女は今宵夜会を飾るのです」
ナハディガルは、いささか錯乱しているようだ。
私は返事をしないで、にっこりと笑ってみせた。
私は何も聞かなかったことにした。
「いってらっしゃい」
王国一の美しい女騎士と王国一の麗しい詩人のダンスに皆酔いしれ、ラーラの社交界での地位を上げるのにひと役買ったと言えるだろう。
王子とも踊り終わり、ひと息つく。
公務として貴族達に声を掛けにいくという王子を見送り、私はナハディガルに見つからないように休憩がてらバルコニーに出た。
パーティに慣れたとはいえ、やはり気疲れはするものだ。
午睡宮か……。
先程の話を思い返していた。
お昼寝の宮なんて少し間抜けな感じはするけど、のんびりしていて悪くない。
のんびりとして開放的な雰囲気にしたら、王子も公務の合間の息抜きに使えるかもしれないし、ずっとクロちゃんとビーちゃんを庭に出しておけるかも。
いくら散歩が自由に出来るとはいえ、あの子達を貴賓室に閉じ込めておくのは少しかわいそうだったのよね。
彼の気持ちは嬉しいながらプレゼントの規模がおかしくて少し困ってしまうが、その思いやりには嬉しくてふわふわした気持ちになった。




