412話 午睡宮です
「え? 午睡宮とは、一体なんの事ですか?」
「アインホルンから話を聞いていないかい? 君専用の新しい宮殿の事だよ」
寝耳に水の話である。
「ギル様から? そんな、何も……」
このところずっと悪徳の神と「噛みつき男」に振り回されていたもの。
そんな話をする余裕なんて何も……。
あら、でも変な話をしたわね。
「そういえば、家についての意見を聞かれましたわ」
「そう、それだよ。私から聞いても君は遠慮するだろうから、アインホルンに頼んだんだ」
ああ、あのおかしな態度はそういう事だったの?
それなのにギルベルトが結婚するとか勘違いしたりして、私ったら早とちりもいいところね。
それは焦るはずよね。
でもギルベルトも聞き方が悪いのではないかしら。
いやいや、それよりも宮殿って言った?
わざわざ建てているというの?
いくら王子だと言っても、ちょっとやる事が大きすぎない?
「宮殿なんて、恐れ多いですわ」
「うん、君はそういうと思っていたけれど、いつまでも王宮の貴賓室では息抜きも難しいだろう? どうせ後、10年もしないうちに王妃宮を建てるのだから今、建てても問題ないと思って」
この人は、10年後も気が変わらない確信があるのだろうか。
そんな物を建てられたら、もしいいお嬢さんが出来た時、婚約解消しずらいのではないだろうか……。
「そのお心遣いは嬉しいですが、部屋を移れというなら今ある小宮殿のどれかひとつで十分です。それでも過分だと存じます」
「ふふ、君への足枷みたいなものさ。放っておくとどこかに行ってしまいそうだからね。それに聖女の立場もあって君の宮を建てるのは決定していたからね」
悪戯っぽい表情で王子は言った。
宮殿をプレゼントだなんてどこの大富豪か石油王かと突っ込もうと思ったけれど、この人は本当に王子なのだものね。
庶民の感覚では全く理解出来ない。
私の息抜きの為にそんなものを作るなんて。
王子にこそ息抜きをしてもらえるように、王宮のあちこちの庭を探索していた私がばかみたいじゃないか。
本当にこの人には敵わないのだ。
「それにしても午睡宮ですか?」
「新王宮が『黎明宮』、旧王宮が『黄昏宮』と呼ばれているのは説明したよね? 暁と日暮れの間の昼寝の宮というのが君に合う気がしてね」
「確かにお昼寝は好きですけど……」
何だか全く威厳がない名前だけれど、その方がいいのかしら?
「おやおや、仲が宜しくて結構でございますね。シャルロッテ様は本当に愛されていらっしゃいますです」
「なっ……、チェルノフ卿!」
驚いて忘れていたがチェルノフ卿が横にいたのだ。
いつもこういうやり取りは2人でいる時しかしていなかったので、何だかとてつもなく恥ずかしい。
「うむ、お似合いの2人である。我は祝福しようぞ。仲良きことは美しき哉」
ダンプティも頷いているし、もうどうしたらいいのだろう。
誰かこの場を助けてとキョロキョロすると、同じく困っているラーラと目線が交わった。
どうやらドレスについて聞きたい淑女達と、初めてみせるラーラの美しい姿に引き寄せられた紳士達に囲まれて対処のしようがないようだ。
きっと出来ることなら、周りを斬って片付けたいに違いない。
「シャルロッテ様!!」
ラーラが人垣を押し退け、私の手をとると王子に一言謝った。
「フリードリヒ王太子殿下! 先に謝罪致します! 申し訳ありませんが、他に彼らから逃げる方法がなくて……」
きょとんとする我々をよそに、ラーラは私に礼をとった。
「お嬢様のファーストダンスの栄誉を私に」
周りの男性からはどよめきが、女性からは黄色い悲鳴が上がった。
婚約者の王子をさしおいて最初のダンスを踊るなんて許されないが、今日の主役はラーラである。
女性であるし、私の護衛騎士でもあるのでギリギリ許される暴挙と言えよう。
王子も大目に見てというか、ラーラの社交下手を知っているのか苦笑しながら私を送り出してくれた。
音楽が緩やかに変わり、ワルツが開始した。
兄はというと、ちゃっかりとハイデマリーと組んでいる。
私の視線にも気付かないで、恥じらう様子が初々しい。
頬を赤らめる彼女はとても綺麗だ。
ラーラのダンスは今まで見た事がなかったけれどキレのあるステップに大胆な足運びが特徴的だ。
同じ型を踊っても人によって随分変わるので面白い。
「ラーラは男性パートが踊れるのですね」
「ええ、背が高いので学生時代、散々友人達のダンスの練習台をさせられましたからね」
なるほど、男性に免疫が無い令嬢にはラーラほど適したダンスの練習台はいないだろう。
ふふ、こんなに凛々しいのだもの。
中には、本気でラーラに恋してしまった娘もいたりしてね。
「それにしても、適当な殿方と踊ればいいのに何故、私を?」
身長差に気をつけながら会話をする。
気をつけながらといっても、ラーラのエスコートは完璧だ。
しかも、今日の彼女は赤騎士風。
私と違い本物の剣を腰に下げているし、彼女は風ではなく、本物なのだ。
凛々しくも艶やかで美しい彼女に、周りの令嬢は熱い溜息をついていた。




