411話 執事候補です
隣で王子が怪訝な顔をしていた。
どうやらダンプティと会うのは、初めてのようだ。
「お気に召したようで、良かったですわ。こちらはフリードリヒ王太子殿下ですよ、ダンプティ。フリードリヒ殿下こちらはチェルノフ卿の……」
一瞬、紹介の言葉に詰まってしまう。
そういえば、どういう関係なのかしら?
実子としたのか、遠戚にしたのか、まさか頭の部分ですとも言い難い。
顔はよく似ているのだから、他人という設定ではないだろう。
「……、チェルノフ卿に縁のあるダンプティ・チェルノフ様です」
これなら嘘はいっていないし、大丈夫だろう。
検める様に王子は少年を見ると、目を細めて笑った。
「いかにもチェルノフという顔だ。シャルロッテとはすでに友達なのだね? 私とも仲良くしておくれ」
王子がそういうと、ダンプティは大仰に頷いた。
「うむ、仲良くしようではないか。我は大人になったらシャルロッテ嬢の執事になる身ゆえ、よろしく頼むぞ」
ちょっとダンプティ、王族にその物言いはいかがなものかしら?
王子は寛容な方だと思うけど、子供の戯言と許してくれるかしら。
その言葉遣いと態度は、まるでその内容と一致していなくて王様ごっこをしている子供のようで愛嬌のあるものだけれど、不敬としかいえない。
そっと王子を見ると、その風変わりな言葉遣いに笑っていた。
はあ、冷や冷やさせるわね。
これはチェルノフ卿も苦労していそうだ。
「これ、これ! おお、フリードリヒ王太子殿下におかれましては、ご健勝のことと存じますです。うちの者が失礼をしませんでしたか?」
やっと追いついたチェルノフ卿が、王子に挨拶をした。
「いいや、大丈夫だよ。可愛らしい子供ではないか。チェルノフ卿こそ体調は大丈夫かい? すっかり痩せてしまったね」
痩せてとはいっても、ガッチリはしているし、おなかが凹んだだけよね。
うーん、いやスラリとはしているから痩せたといえば痩せたのか……。
ぷにぷにのお腹……。
あれが消えてしまうなら、思う存分ぷにぷにしておくべきだった。
「ありがたいお言葉、感謝致しますです。体重は落ちましたが、このように動けるまでなりましたよ」
そんなやり取りを聴きながら、ぼんやりと考える。
王子はチェルノフ卿が首を落とされた話を知っているのかしら?
きっと知らないか、聞いたとしても幻術か何かのせいだと思うに違いない。
そうよね、目の前で見ても信じられない事なのだし、本人がこうして元気にしているのだから。
「チェルノフ卿の縁者を執事に迎えるなんて、いつの間に決まったんだい?」
面白そうに王子が私に聞いた。
この間は、チェルノフ卿と私が浮気をするとか変な誤解をしていたのに、そんな事はなかったかのようだ。
「冗談だと思いますよ。まだお小さいのだし執事が何かも分かっておられないのかも」
私がそういうと、ダンプティがぷりぷりと怒り出した。
「馬鹿にするでない。執事とはそもそも酒類管理に始まり、屋敷を差配する者である。我は優秀であるので不足なく務める事が出来るであろう」
そう胸を張って、自慢げに説明してみせた。
なんと知識は一人前のようである。
「とても賢いのだね。シャルロッテの執事なら、私にとっても縁深くなるね」
王子がダンプティの柔らかそうな薄い色の金髪をくしゃりと撫ぜた。
ダンプティも将来チェルノフ卿の様に、つるつるの頭になるのかしら?
そもそもチェルノフ卿に形を与えた聖女様は、最初から髪の毛を生やさなかったとか?
童話のハンプティ・ダンプティを参考にしたらそれは充分に有り得る事だ。
彼の頭髪の行方が気になるところである。
「そちはシャルロッテ嬢の伴侶となると聞いておる。王宮を束ねる事に我は興味はないが、王妃宮の管理は我に任せるが良いよ」
私があさっての事を考えてると、ダンプティが将来の進路を決めようとしていた。
王妃宮というのは、国王の配偶者の為の宮のことよね?
私は、今の貴賓室で充分なのだけど……。
それにいつなん時王子に相応しいお嬢さんが現れるかもわからないし、先の事は誰にもわからない。
王子の誠実さは知っているし、新しい令嬢に乗り換えるとかはしそうにないけれど、心に予防線を張るように先の事への不安は拭えなかった。
さっきは王子の未来の言葉に喜んだものだけど、歳をとると小さな傷でも治りが遅いのよ。
将来について臆病になるのは、そのせいなのかもしれなかった。
「これ、これ! フリードリヒ王太子殿下になんて言葉遣いをするのですか。ああ、不敬をお許し下さいね。夜会に来るのはまだ早かったようですね。ダンプティはこれからきちんと教育し直さなければ」
オロオロとするチェルノフ卿に対して、王子は気にすることなく笑っている。
「では王妃宮となる午睡宮は、君に任せる事になるね。大人になったらよろしく頼むよ」
王宮には、各所に宮があるけれど午睡宮とは初めて聞く名前だ。
そんな宮殿、あったかしら?




