407話 小生意気です
私が頭の中で像を結ぶと、黒い粘体は小さな男の子に変わった。
顔立ちはチェルノフ卿によく似ている。
親子と言って差し支えないだろう。
面白い事に、小さな紳士服まで身につけている。
元々不定形の生き物だから服まで再現出来るのだろうか?
「おお、これはお見事ですね。個体名を付けていただいても?」
個体名、この子に名前をつけろという事ね。
それはひとつしか思い浮かばなかった。
「では、ダンプティ・チェルノフと」
それを聞いてチェルノフ卿は堪らなく嬉しいという顔をした。
彼の聖女と過ごした時間を思い出したのかもしれない。
私が名前を付けると、ダンプティはぴょんと飛び上がって自己紹介をした。
なんだかコミカルな動きだ。
「我はチェルノフ卿である」
両手を腰に当てて、少しお腹を前に出して体を逸らして自分を大きく見せている。
「そんな態度は良くはありませんよ、ダンプティ。どうやら乱暴に切り取られたせいで、少し昔の知識が前に出ているのやもしれないですね」
言葉遣いが古臭いのはそんな原因なのね。
「シャルロッテ嬢の献上品は有難くいただいた。褒めてつかわそうぞ」
鼻をフンと鳴らしている。
なかなか小生意気な性格のようだ。
「献上品?」
どうやら、私が部屋の隅に置いておいたお菓子の事を指しているようだ。
ちゃんと食べてくれていたのね。
おやつを置く時に、チェルノフ卿と私が呼びかけていたから、自己紹介の時にチェルノフ卿と名乗ったのかしら?
そんなダンプティを見て、チェルノフ卿はオロオロとしだした。
「ああ、ああ、いけませんよ。これは躾が必要な様です。悪徳の神の1部を取り込んで、私とはかなり違う性格になったのかも知れませんね」
本来なら彼と同じで、温厚な性格になるはずだったのだろうか。
確かにこの偉そうな感じは、悪徳の神の影響なのかもしれない。
「この子は安全ですよね?」
少々、不安が残る。
人に噛み付いたりしたら心配だ。
「ええ、少し気が荒いとかそれくらいの誤差ですので、人の世を知るうちに普通になるはずですよ。かえって私よりも活発で溌剌な子になって世渡り上手になるかもです。良いところを伸ばせば、皆良い子ですからね」
ルフィノ・ガルシアもチェルノフ卿のような大人が傍にいたら良い子になったのかしらと、ぼんやりと考えた。
「身がふたつに別れましたから、私も当分は国へ帰れませんし、この子の面倒を見ながらのんびりやっていきますよ。シャルロッテ様も長生きでしょうから、この子が1人前になったらダンプティを執事として迎えるのも考えて見て下さいです」
とても気の長い先の話をするのね。
あら?
そういえば、聖女は長生きと決まっているのかしら?
長生きに越したことはないけど、不慮の事故とか天災とかもあるものね。
一概には言えないだろう。
それは誰にもわからないことだ。
「執事だなんて、チェルノフ卿を継いで外交官になるのではないですか?」
「私から分かたれた者ですので、本国の管理を外れていますからね。彼は自由に何者にでもなれるのです。外交官でも執事にしろ人の営みを身のうちにため込めれば、『お山』はどちらでもいいのですよ」
この子もいろんなことを学んで、いろんな人と過ごしてチェルノフ卿のように大きく優しい人になるのかしら?
そう思うと、成長が楽しみである。
「シャルロッテ様、助けて下さい!!」
エーベルハルト侯爵家のタウンハウスの一角でラーラの叫び声が上がる。
いかに歴戦の女騎士でも、敵わないものはあるのだ。
残念ながら、私は彼女を助ける事は出来なかった。
「さあ、観念してくださいね、ヴォルケンシュタイン様」
デザイナーのアデリナとその助手に囲まれて、ラーラは見た事もない程怯えている。
女性に手を挙げる訳にはいかないのか、私に助けを求めるのがやっとのようだ。
「とって食べられるわけじゃないのだから、大人しくする方がいいわ」
私はのんびりとそれを見ながら、アデリナのデザイン帳をめくった。
何故、こんな事になっているかというと、『噛みつき男』事件の解決を祝っての夜会が開かれるからだ。
勿論、その功労者である兄とラーラは主賓格として招待されている。
私は、いつも通り騎士服で出席すると言い張るラーラを説き伏せて、ドレスを着せる事にした。
私はあの練兵場でのハンプトマン中将とその取り巻きへの怒りを忘れていなかったからだ。
ラーラの良さがわからないなら、わかるようにすればいいのだ。
社交界は女性の戦場。
軍部で男の中であっても十分に実力を示したラーラは、社交界でも台頭してもらおうではないか。
女性らしさや美しさどうこうと絡んでくる失礼な輩を黙らせる為に、ここはひとつアデリナにひと肌脱いで貰うことにした。
さあ、ラーラの美を磨こうではないか!




