404話 お山です
「こちらの店は、焼き菓子が素晴らしいのですよ」
手作りの王都スイーツマップを指差しながら、ひとつずつ説明をしてくれる。
それは店構えや店員の質までに至り、通っているのがよくわかるというものだ。
「そうそう、バターの風味も良くてとっても美味しかったです」
コリンナも、負けじと自分の感想を付け加える。
「コリンナ、あなたまさかここに描かれているお菓子屋さん全部を実食したの?」
私が驚いて聞くと、えへへと笑って頭をかいている。
これは肯定ということよね。
なんということだ、この2人は私達が悪徳の神に翻弄されている間、王都スイーツツアーをやってのけたのだ。
チェルノフ卿は「噛みつき男」を牽制する為に、王都のあちこちに姿を見せていたのだろうけど、コリンナの強心臓には呆れるばかりである。
ほとんどの令嬢は恐怖に震えて、外出を控えていただろうに。
彼女の甘いものへの執着は、「噛みつき男」への恐怖と警戒を超えたというのか……。
この子は本当に大物になりそうだ。
久しぶりの友人との時間はあっという間に過ぎてしまう。
次の来訪の約束をしてチェルノフ卿はコリンナを先に帰らせると、人払いを申し出てきた。
今回の件では、お互い話したい事が多いのだもの。
特に人に聞かれてはまずそうな話もありそうだ。
コリンナは一緒に残って帰る時はクルツ伯爵邸へ卿と一緒にと言い張ったのだけど、最後には折れてくれた。
病み上がりのチェルノフ卿にわがままを言い過ぎたと反省していたし、急に彼が姿を消した事で色々心配していたのは伝わってきた。
きっと誰よりも気を揉んでいたに違いない。
コリンナは私の知らない間に、チェルノフ卿と信頼を育てたのだ。
コリンナが私の立場だったら、きっとガルシアにいいようにされなかっただろうと思うと、チクリと心が傷んだ。
「さて、何からお話ししましょうかです」
人払いをした広間で、チェルノフ卿が切り出した。
私は改めて礼をとった。
「最初に私からお詫び申し上げますわ。この度は図らずも冤罪の手伝いをしてしまうことになり、なんと謝罪すればいいか」
こればかりは責められても仕方がない事なのだ。
人でないから今ここにいるが、もし人であったなら首を落とされては絶命するしかないのだもの。
止めもせず、庇いもせず、見ていただけの自分が不甲斐なくて仕方ない。
「いいえ、いいえ。あの時は仕方がありませんでした。たくさんの悪徳の神の落ち子達がエーベルハルト侯爵邸へ向かうのを知って、馬車で急いだのですが追い抜いたのはいいものの、私も一緒に標的にされたようで……。現状を伝えようにも私は怪しすぎましたですね。言葉を発する前にまさか首を落とされるとは、思いもしませんでしたです」
ルフィノ・ガルシアによって煽られた危機感は、あの時のチェルノフ卿を十分に不審者に仕立てるのに成功していた。
そして有無を言わさぬ首切り。
彼は目障りなチェルノフ卿を殺すと共に犯人に仕立て上げたのには感心を通り越して恐ろしさまで感じる。
私もあの時止めに入って、弁明を聞くべきだったのだ。
「あの人は、とても手際が良かったですね」
チェルノフ卿は、まるで他人事のように賞賛している。
自分の首が落とされたというのに、手際を評価する余裕があるのか……。
この人は一体なんなのだろう。
「あの、それでですね。チェルノフ卿は……、一体何者なのですか?もしかして粘体生物の突然変異とかなのでしょうか……」
言葉を選んだつもりだけれど、どういっても失礼になってしまう。
魔獣なのか、神話生物なのか。
私の無礼をよそに、チェルノフ卿は大いに笑ってみせた。
「そうですね、あれは知らない人から見ればスライムに見えても仕方がないと思いますです。どちらかというとスライムの方が傍系といいますか、私達から離れて野に下った生き物というのが正しいでしょうか。あれらはすっかり魔素を溜め込み魔獣として確立しているので、今では別の物だとも言えますです」
「はあ……、スライムが傍系……」
先祖が同じという話のようだけれど、スライムを親戚に持つ彼は、何なのだろう。
「シャルロッテ様は、我が国の狂気山脈をご存知でしょうか?」
まっすぐに私の目を見てそう聞かれた。
この世で1番天に近い頂き。
知らない人は少ないだろう。
「最北国にある、まだ踏破されていないという世界最大の山の事ですよね?」
私の答えにうんうんと頷いてみせる。
「ええ、ええ。我が国では単に『お山』と呼ばれていますですけどね。『登るなら狂気を背負い足運べ、下るなら正気を山に置いて行け』と昔から言われている山なのですよ」
「何だか物騒な山なのですね」
「正気ではいられないから、狂気山脈なのですよ。我々チェルノフはその『お山』から産まれたのです」
最北の国の地形はわからないけれど、有名な場所が出身地なのは名誉な事であるだろう。




