403話 再会です
大きな開け放たれた両開きの玄関。
その向こうの門には馬車が止まっていて、ひとりの男性が降りてきているのが見える。
それは随分と背が高くて、がっしりとはしているけれど立ち姿はスラリとしていた。
「おかえりなさい!チェルノフ卿!!」
コリンナが、駆け出すとその男性に飛びついた。
私の頭は混乱していた。
そこにいるのは紳士の姿のチェルノフ卿。
本当に本人だというの?
なんでお腹がスッキリしているの?
そっくりな他の一族の人ではなくて?
私とコリンナが知るチェルノフ卿で間違いないの?
私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。
家令が腰を抜かすのも当然だ。
あの時を知っている者は、彼を見て驚かずにはいられないだろう。
私は呆然としたまま、立ち尽くした。
涙が溢れて止まらない。
「ただいまですよ、コリンナ様。おやおや、シャルロッテ様が泣いておられます。私のせいです?」
低い落ち着いた声。
少し愉快な言い回し。
彼は確かに私達の知るチェルノフ卿だ。
「わた……、私は、何と……、言って……いいか」
涙と言葉が一緒くたに出て、どうしていいかわからない。
「大丈夫です。大丈夫ですよ。落ち着いてです。参りましたですね。ここまで驚かせてしまうとは……」
困ったように頭をかいている。
「シャルロッテ様は感激屋なのですわ。それくらいチェルノフ卿を歓迎して下さったと思いましょう?」
コリンナがチェルノフ卿に抱きついたまま、クスクスと笑っている。
なんて幸せな光景。
ああ、本当に終わったのだ。
あの悪徳の神を警戒して、神経が逆立つような長い長い夜はもう明けているのだ。
今は光差す昼の陽射しの中。
私は絞り出すように、こう言った。
「おかえりなさい、チェルノフ卿」
他に言葉が見つからない。
帰ってきてくれたのだ。
それがただ嬉しかった。
家令と数人の使用人の混乱をよそに、応接室にチェルノフ卿を通す。
チェルノフ卿の不可解な首切り事件は「噛みつき男」による陰謀で、いかなる魔術が行使されたかわからないが、幻覚もしくは暗示によるものだったと、屋敷の人間には王国見聞隊からギルベルトを通して話があった。
そうやって辻褄を合わせる事になったのだけれど、やはり目の前で首が斬られてた上、胴体だけで走って行ったのを目の当たりにした面々が、このチェルノフ卿を見て腰を抜かすのは仕方の無い事だろう。
当分は使用人の間でチェルノフ卿が話題になるだろう。
私自身、都合のいい夢を見ている気分なのだもの。
聞きたい事が山ほどあると言うのに、何から聞いていいのかわからないでいるのだ。
「急な病気ということでしたが、お痩せになってしまったんですね」
心配そうなコリンナの言葉にハッとして彼を見ると、確かに全体的にスッキリとして、何よりあの触り心地の良かったでっぷりとしたぷにぷにの大きなお腹が凹んでいた。
チェルノフ卿は、若干照れくさそうにしている。
「寝込みましたからですね。またあのお腹になるまで、何十年かかる事かわかりませんですよ。せっかく満願を迎えるところだったのに、これでは国に帰れませんですよ」
不思議なチェルノフ卿の話に、コリンナが吹き出した。
「ふくよかじゃないと、国に帰れないのですか?では、ずっと今のままでいて下さい。私は国に帰って欲しくないもの!」
子供ならではの無邪気さだ。
それにしても太らなければ帰れないとは、どういう事だろう?
「そうですね、帰郷は当分先になりました。今回、これだけ身を削る事になるとは思いもしませんでしたです」
身を削る。
首が落ちた事を、指しているのかしら?
そういえば、チェルノフ卿がここにいるということは、うちの館にいた「てけりり」と鳴くチェルノフ卿はこのチェルノフ卿なの?
彼はずっと家にいたの?
驚き過ぎて、何だか訳がわからない。
「あ、あの……『てけりり』って」
私が聞こうとするとチェルノフ卿は、しっと人差し指を口の前に出して口をつぐむように促した。
「チェルノフ卿が今日、静養先から戻られると連絡が来たので、シャルロッテ様の元で合流することにしたのです。ふふ、驚きましたか?」
いたずらっ子のようにコリンナがはしゃいで言った。
「驚くどころか、気を失うかと思いました。こんなに素晴らしいびっくりはそうそう無いですね」
本当に驚かされた。
私が老人だったら心臓が止まっていたかも。
「本当にお身体が良くなって良かったです。ちょうどシャルロッテ様にスイーツマップを見ていただいていたところなんですよ」
チェルノフ卿とコリンナは2人ともニコニコと笑っている。
本当に、なんて素晴らしい事かしら。
悪意の欠けらもない、居心地の良い2人だ。
「後で、折り入ってお話しがありますですよ」
私の心中を慮ってか、彼は私に向けてそう言った。




