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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男

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400話 日記です

 残るは悪徳の神の事を知ってしまった私と学者と助手なのだが、仔山羊と小鳥が煉瓦の壁の向こう側で暴れてからは、白い影も見る事はなくギルベルトが言うには縁が切れたのだと言う。

 あるいは割に合わないと、あちらから切られたのかもしれない。

 勿論、また王国に悪徳の神の脅威が訪れれば再度危険が伴うかもしれないが、1度あれらを一掃した事は対策として効果的だったと言う事だ。

 悪徳の神と新しい縁を結ぶ者と関わらなければ、今後も安全であろうとの見通しであった。


 ギルベルトは人の目につかないように今回の事件を元に極秘で悪徳の神の資料を作り上げるだろう。

 煉瓦の壁の向こう側に行って大立ち回りをするのは不可能だが、清めた刀身ならばラーラでなくとも大量の動物の血を使って儀式をすることで、手に入れるのは可能らしい。

 その術は、王国見聞隊に伝わっているという。

 もしかしたら彼が書いた資料が、幻の「湖水公卿黙示書」の12巻の補巻だと呼ばれることもあるかもしれない。



 ルフィノ・ガルシアの日記の方は、日々の記録を混じえた記憶の覚書のようであった。

 毎日ではないが、日付が飛びながらも印象的な事があった時などに書いていたようだ。

 そんな断片的なものでも彼の刻んだ時間を覗き見るのは十分だった。

 豪奢な屋敷で孤立した母と子、さえずる鳥の籠のような父の愛人達の離れ。

 父親の訪れを心待ちにする母との閉鎖的な生活。

 そんな生活でも彼にとっては安全な巣であり、母親と2人きりでも満足のようであった。

 母親と笑い合い過ごした日々。

 彼が望み描いた幸せの全ては、きっとこの頃なのだろう。

 だが、それらはルフィノ・ガルシアの成長と共に変化していく事になる。


 一心同体のようであった母子。

 無邪気な親子の蜜月は、そう長く続かなかった。

 跡取りの子供にだけに与えられた教育と夫の関心は、幼い未熟な母親が我が子を敵視するのに十分なものであった。

 自分には与えられなかった教育を、夫の関心を妬むのを彼の母親は抑える術を持たなかった。



 そして、それは恒常的な虐待を招いた。

 ルフィノ・ガルシアは母親の笑顔を見る為に、母の愛を得る為に学問に励んだが、それは逆効果であり、悪循環を生み出していた。

 彼が優秀である程、まだ少女である母親の劣等感を苛むのだった。

 何度も書き殴られた「僕を見て」と言う言葉。

 いつかまた、2人で微笑み合い愛称を呼ばれる生活が戻ると信じた書き綴り。

 息苦しい親子関係はある日、母親の死で終わりを迎える。

 教師に褒められて、それを報告しに母親の元へ駆け込んだガルシア。

 それは社交界から、愛人達から蔑まれてきた少女の心を煽るには十分なものだった。

 子供を殴打し罵り「お前さえいなければ」と叫び母親は止まらなかった。

 不幸な事にテーブルの上には母親の好んだ果物とナイフがあった。


 その後に続く記述は、血の海に浮かんだ小島のような母の顔が美しかった事のみだ。

 飽きること無く、陽が落ちるまで彼は眺め続けた。

 久方ぶりに手に入れた2人だけの平穏な時間。

 むせ返る血の匂いの中、それを存分に味わった。

 もう醜く罵ることも無く、穏やかに静かになった母親を崇拝する表現が続く。


 ルフィノ・ガルシアは、母親を殺したのは父の愛人達のひとりだと言っていたのに、この日記にはそれらしき事は書かれてはいなかった。


 母の葬儀が済んでから、喪失感に苛まれる様子が続き、徐々に彼は魔術や呪いに傾倒していく。

 そして、それよりも切実なのは白く血の気を失った少女の顔を見たいという願望。


 父の愛人達は人知れず消え去ったと言っていたけれど、日記に書かれた女性の名前と、その後ろに書かれた日付が示すものはひとつしかないように私には思えた。

 そして、父親と思わしき名前とその後に続く日付も。

 ガルシアの家庭で何が起きたかは詳細が無い以上、推測するしかないが彼は彼の欲望の為に行動したのは確かであろう。


 そして父の死後、書斎で見つけた「悪徳の神の手」。


 ガルシアは、悪徳の神に踊らされたのではなかったのではないか。

「Yの手」があったから、「噛みつき男」になったのではなく、「噛みつき男」であったから「Yの手」に邂逅したのではないのか。

 どこまでが真実で、どこまでが虚構だったのか。

 私の目には彼が嘘をついているようには見えなかった。

 彼は彼の都合の良い幻想で、自分までをも騙していたのではないだろうか。

 それともチェルノフ卿を陥れたように、息をするように嘘をつける人だったのか。

 その闇は深すぎて、私には判断がつかなかった。


 母親との幸せの日々を取り戻すには、良い子でいなければいけないと思ったのでは?

 幼い頃の強迫観念は、自らの罪を悪徳の神に押し付けさせたのではないのだろうか。

 全てを神の取り憑いた『噛みつき男』のせいにして、自らは『良い子』であると自分と罪を切り離したのだろうか。

 ただひとつ言えるのは、彼は母親を慕っていたと言う事だけである。

 勿論、それが彼の行動の免罪符になる訳ではないが。


 その日記の最後には、ある少女と出会い契約をした事が書かれていた。

 日付は半年ほど前。

 目的を果たせば、母が帰ってくると。



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