表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

404/654

398話 梟首の場です

 悪徳の神に魅入られないようという名目で、首が晒された木には近付かないように兵士が置かれて柵が設けられていた。

 その実は、晒し首の顔立ちから他国の使節団のひとりだという事がばれない為の策であったが、無知な大衆は悪徳の神の障りを畏れて、大人しく見物するにとどまっていた。

 万全を期して別人の首を使う意見も出たのだが、奇妙な肌だけを残して灰に変わっていく体を前に、変に細工をして神の怒りがこちらに向いてはと恐れおののいた結果、本人の首が使われたのだ。

 見物人からは距離が取られその首の詳細はよくは見えなかったが、十分見世物として人の興味を引いたものだ。

 最初は皆、恐る恐る距離をとってそれを眺めていた。



 そうして首に蛆が湧き、蠅がたかるようになると、見張りの兵士はいなくなった。

 人々は怖いもの見たさでそこを訪れていたが、なんの祟りも呪いも起こらない事がわかると、晒された首に悪態をついては石を投げ始めるようになる。

 誰もそれを止めなかったし、咎めもしなかった。

 それは事件への憤りであったり、あるいは全く関係ない日々の鬱憤の解消であったが、この梟首の場は格好のストレス発散の場所となったのだ。

 相手が悪人であるという明確な立場が、その非人間的な行為を正当化させていた。

 自分が善であり、あちらが悪なのだから何をしても良く、悪人に鉄槌を下すような気持ちで正義に酔いしれたのだ。

 自分は正しい。

 他の奴らもやっている。

 それは罪悪感をいとも簡単に取り除く魅惑の言葉であった。

 そうして何度も通う者もいた。

 ある意味、酒や麻薬よりも質が悪いといえるかもしれない。



 この現状に慣れてくる頃には「噛みつき男」恐るるに足らずと、柵の中まで押し入る者も出現してくる。

 いわゆる度胸試しや、肝試し的な無頼の輩である。

 その頃には間近で見ても、既に腐敗し泥や投石の損傷で人相を判別する事は不可能になっていた。

 その有様もだが、なにより鮮やかな赤い髪が滴る血のように張りつき、蛮勇の者達は皆それに怯んで戻って来たという。

「噛みつき男」に殺された女性達の血と無念が、死体の髪を赤くせしめたと、おかしな話が流布したものだ。


 そうして王都や、王都近隣の人々がひと目それを見ようと足を運ぶので、寂れた郊外だというのに梟首の場には市が立ち、講談師が嬉々として「噛みつき男」の事件を語る人気スポットと化してしまった。

 人が集まればいろいろな飲食の屋台が出されるし、酒も供される事になる。

 晒し首を眺めながら飲む酒は、ここでしか味わえない乙なものだと男達は得意気に語ったものだ。

 貴族用にも誂えた屋外用のテーブルと椅子を揃えた喫茶店も用意されて、天幕が貼られて人が人を呼んだ結果、すっかり賑やかなお祭り会場と化していった。


 貴族の女性達は着飾り、まるで夜会にでも出掛けるような華やかさでそこへ足を運んだので、豪華な馬車がズラリと空き地に並ぶ事になった。

 それはまるで、貴族の馬車の品評会の様であったという。

 庶民にとって間近で見る美しい馬車自体も見世物のひとつとなっていた。

 従僕や馭者は庶民が馬車に手を触れ汚してはたまらないと、淑女達が戻るまで目を光らせなければならなかったが、そんな使用人をよそに淑女は最新の帽子とドレスに身を包み、紳士達はそんな彼女達をエスコートしながら、今回の事件の蘊蓄を得意げに語ってみせたものだ。


 乞食の子供は晒し首に投げつける用の手頃な石を集めてそれを売る事で日銭を稼ぎ、ある者は「噛みつき男」の記事の載る古新聞をゴミ箱から漁り、高値で売るような商売を始めた。

 庶民の大人達の間では、誰がより晒し首の顔の中心に石をぶつける事が出来るかを競い合い楽しむようになっていた。

 不謹慎ながら、時には金品がかけられることもあった。

 王都での祭りの屋台のひとつに、人形の男の首を的にする投げ矢遊びがいつ頃からか加わる事になるのだが、それはこの場をヒントに生まれた遊びであることは間違いないだろう。


 犯人の首を眺めながら煙草を燻らせ読む当時の新聞は、紳士の虚栄心を大いに満たしたものだ。

 そして捨てられた吸い殻は、ごみ漁りに回収されほどかれて、湿気った煙草の葉をクズ紙で巻き直してからまた売られた。

 そんな風に、ここは商人や貧民にとっては、降って沸いた金儲けの場所であり、波に乗れた者はその首に感謝したほどだ。


 もはや「噛みつき男」は大衆娯楽のひとつであり、消費する商品のひとつと成り果てた。

 悪徳の神への畏れは、王国見聞隊の目論見通り地に落ちたのだ。

「噛みつき男」の首を玩具にし徹底的に尊厳を踏み付ける事で、人々は恐怖の日々の記憶を乗り越えたのである。

 もう悪徳の神を恐れる者も、あの童謡を歌う者もいない。




「俺を見ろ」




 壁に血文字で書かれた「噛みつき男」の声明(メッセージ)

 誰もが彼を見る為に、そこに押し掛けた。

 ルフィノ・ガルシアは自分の首を代償に、その願いを叶えたといえる。




 そうして人々に日常が戻った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ