表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
399/644

393話 執拗です

「きかあぁぁないぃいいぃ」



 見れば斬られたはずの部分が塞がっている。

 いや、最初から傷がついていないのか?

 普通の剣では、効かないとでもいうのだろうか。

 愉快そうな口調に焦らされるけれど、何かしきりに右脚を気にしている風もある。

 よく見ると炎の花が当たった場所に火傷の痕が残っていた。

 ルドルフもそれに気付いたのか、その部位を執拗に狙いだした。



「るどおぉぉるふうう! わたああしのためええにぃころおおされてぇ! おくううぅぅれええぇぇ」



 何て言ったの?

 手から絞り出される声は聞き取りにくい。

 私の為に殺されてくれ?

 どういうことなの?

「やめて、チェルノフ卿! 何故兄様を狙うの?」

 私の叫びに笑い声が返ってくる。



「ひぃひひひいいぃいい! やめええええてちぇるのふうううう! なぜえぇぇぇえなぜえぇぇぇえ」



 からかうような口調である。

 それは兎に角嬉しそうで、楽しくて堪らないという声だ。


 兄に噛みつき男が迫る。

 私からは、その背中しか見えない。

 どうすればいいの?

 仔山羊と小鳥が飛び掛かろうとした時に、兄の剣が深く火傷の部位を傷付けたように見えた。

 噛みつき男が、ぐらりとそのバランスを崩す。



 その時、突風が吹いた。



 どすっ



 肉に刃物を突き立てる鈍い音がした。

 一瞬、何が起こったのかわからない。


 その白い巨漢の背から、白銀の剣先が生えている。

 生えているのではない。

 体を剣で、貫かれたのだ。

 兄の剣ではない。

 ルドルフは壁を背に剣を構えて、立ち尽くしているのだもの。



「あ゛あ?」



 不快そうに、怪訝そうに噛みつき男は自分を貫いた剣を手で確かめながら呟いた。

 そして、その巨漢の体の向こうには剣の持ち主の男がいた。


「ラーラ・ヴォルケンシュタイン! いつまで寝惚けている! 」


 強い強い、叱咤の声。

 それにラーラが、びくりと反応する。

 その声に私は、安堵した。

 見慣れた姿、聞き慣れた声。

 そこにいるのは、王宮の守り手ナハディガルであった。



「風よ 風よ 囁き伝えよ 悪しき邪神の四肢を括れ 繰繰れ蔓が木の幹を這うように」



 その歌は聞いた事も無く、不思議な旋律で「噛みつき男」の体の自由を奪っているように見えた。

 この声は、この間夜中に起きた時に聞いた歌声だ。

 あれは詩人の声だったのだ。


「ナハディガル様、助かりました」


 肩で息をしながら、兄が感謝を口にする。

 兄が頼んだ護衛というのは、ナハディガルの事だったのか。

 何故、私に隠したりしたのだろう。

 いや、顔を合わせたりしたら詩人も図に乗ったかもしれないし、いつもの調子では私も王宮へ帰れと言っていたかもしれない。

 日頃の行いが行いだもの。

 兄はそこまで見越して黙っていたのだろう。



 詩人の剣で体の自由を奪われている「噛みつき男」だが、それはまだ動き兄を狙っている。

 バタバタと残された手でナハディガルを威嚇しながら、兄の方へ体を少しでも近づけようとしていた。


「ラーラ・ヴォルケンシュタイン!! 王国の剣よ! その双眸で汝の敵を見据え、その清き剣で主を守るのではなかったか!」

 ナハディガルの再度の叱咤で、ラーラが目を開けた。

「私は……」

 首を振りながら、周りを確認している。

「何をしている! 為すべきことを為せ!」

 詩人は剣を噛みつき男の体に押し込めながら、ラーラを鼓舞する。

 ラーラは血を吐きながらも、剣を杖のように体の支えにして立ち上がった。

 燃えるような赤い髪に、闘志の宿る瞳が美しい。

 それはまるで激しく燃える赤い花の様だ。

 私の火の魔法が何故、花の形であるかわかった気がした。

 彼岸を象徴する花の前に、私は知らずラーラの気質、その命の迸りに炎を見ていたのだ。

「ラーラ、お願い。私の敵を討って」

 私は、初めてラーラへ命じた。

 明確な主からの指示を受け取り、口元に笑みがうかぶ。

 騎士として本望とでも言うように。


「我が信仰を黒山羊様と主へと捧ぐ」


 息苦しそうだがそう口にして、刃に指を滑らせて刀身を清めた。


「邪神め!」


 そう叫ぶとナハディガルが抑えている噛みつき男を、ラーラが背中側から袈裟斬りにする。

 この剣は私の意思、私の殺意。

 私の意思がこれを滅するのだ。

「噛みつき男」がなんであれ、それを討つ事の重さを、ラーラひとりに背負わせたくなかった。



「ぎゃああああぁぁぁ!!!」



 両の手から、同時に叫び声が出た。

 ラーラの剣は確実に噛みつき男を捉え、その体を床に沈める。

 彼女の剣は、人で無いものを斬る剣。

 仰向けになった白い溺死体の様な巨体を、ナハディガルが刺した剣でそのまま抑えている。

 もう動かない。


 これで終わったのだと胸を撫で下ろす。

 ラーラは打撲のせいでまた膝をついてしまったので、壁に体を預ける形で休ませた。

 人を呼ばないと。

 何故、こんなにも屋敷の中が静かなのだろう。

 まさか皆、本当に死んでしまったのではないでしょうね。

「ナハディガル、屋敷の様子はわかる? 人を呼べそうかしら」

「別館で見かけた使用人や兵士は皆、眠っているようでした。本館へ行けば動ける人間もいるでしょう」

 ナハディガルは「噛みつき男」の死体を見張っているというし、動けるのは私と兄だけだ。

 その兄も極度の緊張からか、手足の震えが止まっていない。

 かく言う私も、それは同じなのだが。


「ルドルフ様! こちらへ!!」


 ハッとした顔で詩人が叫んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ