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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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385話 消失です

 ともあれギルベルトがエーベルハルトのタウンハウスで一緒の食卓についているのは、目を通すに値する資料が無い事が大きいのだ。

 図書室もあるけれど、彼の興味を引くような蔵書が一般的な貴族の家には存在しない。

 領地の図書室ならば土地のものや代々保管している古書もあるだろうが、タウンハウスはそもそも首都での活動の為の家なのだから、あまり資料的な意味では期待出来ないからだ。

 王宮や王都学院に大規模な図書館があるのも、各家の蔵書に力を入れない原因ではある。

 そういう訳でギルベルトは暇を持て余し、私達と同じ食卓につき、子供に不要な事を教える親戚のおじさんのようになっていた。


 普段ならば出来れば食事は二の次で、本を読み漁り作業をしながら口に頬張りたいに違いない。

 そんな事をしようものならヨゼフィーネ夫人が綿棒を振り上げて怒りそうな気がするけれど……。

 そうね、日本米があればおにぎりとか作ってあげられるのだけど、それでも手は汚れてしまうかしら。

 こちらにあるお米はふっくらともしていないし、甘味も粘りも柔らかさも無い。

 細長い長粒種で、炊くのではなく鍋で煮て食べるものなのだ。

 あっさりとしてそれも悪くはないけれど、やはりこだわり抜かれた日本米を思うと、似て非なるものだと言わざるをえなかった。



 本館には王国見聞隊や衛兵が出入りして、落ち着かない雰囲気である。

 チェルノフ卿の頭が落とされた場所をザームエルに確認しながら、ギルベルトが四つん這いになって必死に調べている。

 だけれど絨毯の毛並みを逆立てても、家具の溝を拭ってみても一向に何も見つからなかった。

 血で汚れている訳でもなく、ましてや汚臭にまみれてもいない。

 全部消えてしまったのだ。

 あの時目にしたもの、鼻腔に感じたものは全て夢だったとでもいうのだろうか?

 何度確認しても、いつも通りの床である。

 確かにここで彼の首は落とされて、踏みつけにされたというのに。



 アリッサが、白い落ち子の死体は残らなかったといった。

 あの首や体もそうなのだろうか?

 チェルノフ卿の首を無くしたあの胴体の方は、死体というには行動的過ぎたと思う。

 あれはとても機敏に動いていたし、死んでなんかいない。

 首が無くても生きていられるのだ。

 悪徳の神を描いた資料の絵と比べてみても、よく似ていた。

 アリッサの言葉を反芻する。

 私は何か大事な見落としているような気がして、落ち着かない気分を持て余していた。



「事件の解明もいいけど、少し庭でも散歩しないかい?」

 現場を眺めるだけの私に、ガルシアが声をかけた。

 夏の庭はその葉を眩しく揺らしている。

 室内でじめじめと悩んでいるよりは、よっぽどいいかもしれない。

「そうですね。案内いたしますわ」

 王宮と比べると規模は小さいながらも、タウンハウスにも幾つも庭がある。

 気もそぞろな私に、ガルシアは何くれとなく話し掛けてくれた。


 普段なら胸踊る異国の話や旅の話も、私の気持ちを晴らす事はなかった。

 私は自分で思うより、チェルノフ卿を慕っていたのだとしみじみと確認する。

 あの大きくてコミカルな体も、柔和な表情も、どっしりとして揺るがない優しさも。

 あれは全て、幻想だったのだ。

 優しいふりをしながら、裏では若い娘達の命を無惨に散らしていたのだ。

 なのに私はそうとも知らずに、何かの間違いじゃないかと思ってしまうことがある。

 否定しようにも、まるでドリスの件をなぞる様な気持ちになって、かえって全部真実なのだと重くのしかかってきた。


「チェルノフ卿の事はショックだったと思うよ。でもあれは私が追い払ったし、今は目の前にいる私を見て欲しいな」

 ガルシアが綺麗な眉に皺を寄せて、私の顔を覗き込んだ。

 確かに客の前で物思いにふけるのは、いいことでは無い。

 でも、今はそんなことを言っていられないほど気持ちが沈んでいた。

「彼とは親しかったの?」

 どうだろう?親しいという程一緒に時間を重ねてはいなかったが、そもそも親愛とは時間と関係するものなのだろうか。

「ええ……、いいえ。それ程交流があった訳ではないのです。何度かお話をして、お茶をしたくらいで」

 それなのにこんなに気にかかるのは、私がチェルノフ卿を気に入っていたという、何よりの証拠だろう。

「じゃあ、そんなに気に病む事はないよ。誰だってあんなモノとは思いもしなかっただろうし。君に被害が出る前に正体が知れて、良かったと思わないと」

 あんなモノ……、か。

 酷い言い草だけれど、そう言われても仕方がない程の罪だ。

 確かにそうだ。

 もう、彼の姿は明るみに出たも同然。

 今更、私が何を悔やんでも無駄というものだ。


 チェルノフ卿に裏切られたような気持ちと彼を私同様、いやそれ以上に慕っていたコリンナが、真実を知ったらどうなるか。

 憂鬱な事ばかりである。

 第一、安全が確保された保証もないのだ。

「トマティートさんは、昨夜の事はどうお考えですの?」

 ガルシアは、私の質問に少し考えるように沈黙した。


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