379話 玄関です
言っては何だがザームエルは見るからに坊ちゃんという感じだから家令にも、執事にもみえないものね。
「ご挨拶がまだでしたね。こちらはザームエル・バウマー様です。バウマー男爵家の方ですわ。しばらく家に滞在していただいてますの。ザム様、こちらはグローゼンハング共和国からいらしたルフィノ・ガルシア伯爵です」
「やあ、初めまして。さしずめご両親が用意した兄妹の監督官ですか? 子供は目を離すと何をしでかすかわかりませんからね」
大人の余裕をみせながらガルシアは言う。
この人は私を子供扱いしないから、兄への当てこすりだろう。
本当に大人げないったら。
「いえいえ、おふた方は驚く程に大人びてらっしゃるので私の出番などありませんよ。単なる居候に過ぎません。かの商業国家の方とお知り合いになれて光栄です」
そういうとザームエルは、続けて聞きなれない言葉を口にした。
ガルシアは少し驚いた様子である。
「こんなところで、グローゼンハング語を話す方に会えるとは!」
そう言って握手を求めている。
先程の言葉はガルシアの故郷のものだったのだ。
そういえばザームエルは、外国語に通じていると言っていたっけ。
兄が警戒しているせいで固かった場の雰囲気が、心なしか柔らかくなった。
こういう人の相手はお任せ下さいとでもいうように、ザームエルはガルシアに合わせて軽快な会話をしてくれている。
やれやれ、ザームエルがいてくれてよかった。
私はひと息つくように、お茶を手にした。
来訪の理由は、本当にそんな簡単なことなのだろうか?
辻褄が合わないとかではないし、おかしくはないけれど、この時間に子供を訪ねるのはなんだか不自然な気がするのだけど。
子供の睡眠とかに気を配るタイプではなさそうだし、そんなものなのかもしれない。
ザームエルとガルシアの外国談義に耳を傾けていると、玄関の方が騒がしくなった。
珍しい、こんな時間に続けて来客があるなんて。
兄が選んだこのサロンは玄関に近いので、その喧騒は全て耳に届くのだ。
すぐに追い出したい客用とは、口が裂けても言えないが。
「困りますから、少々お待ちください。すぐに呼んで参りますので」
わあわあと、何やら言い合っている。
どうやら押し入ろうとしている人がいるようだ。
警備の兵達も何人か集まって来たようで、複数人の気配がする。
家令達が、玄関の向こうで誰かを押しとどめているのがわかる。
さすがに隣のサロンにいる私達も、驚いてそちらをみた。
「シャルロッテ様にお目通りをお願いしますです。時間がありませんのですよ」
不思議ななまりの、慌てた声。
それに私は、聞き覚えがあった。
「チェルノフ卿?」
私が思わず立ち上がり玄関へ駆けていこうとするのを、ガルシアが止める。
「何かおかしい。君は下がっていて」
彼は既に抜刀していて、何か緊張している風だ。
私の声が届いたのか、チェルノフ卿が返事をする。
「シャルロッテ様! そこにいらっしゃるですね!」
後ろに控えていたラーラが、私の前に立った。
「あれはチェルノフ卿ですわ。ガルシア様も王宮でお会いになった事はないかしら? 礼儀正しい紳士の方です」
私の言葉に、ガルシアは眉を顰める。
「あの騒ぎの様子だと礼儀正しくは思えないし、何か様子が変だよ」
ガルシアが抜刀したまま、玄関扉の前まで行くのを私達は見守った。
客に危ない真似をさせるのはどうかとは思うが、大半の警備は別館と外庭に集中しているのだ。
門の警備兵達はチェルノフ卿が身分を明かせば、快く道を開けただろう。
門をくぐれば本館前まで邪魔される事無く、馬車をつける事が出来る。
玄関先で若干待たされるかもしれないが、それは普通の事だ。
ましてやいきなりの訪問なのだから、本来なら何時間も待たされても文句は言えない。
彼は何をそんなに急いでいるの?
騒ぎ立てなければガルシアと同じ様に少々の準備をする時間の後、私と面会出来たはずだ。
ぱっと見、ここにいる戦力といえるのは、帯刀したガルシアとラーラくらいだ。
何人かの護衛は本館にも配置されているだろうけど、皆玄関前に出払っているか、喧騒の届かない裏口を見張っているのだろう。
ザームエルは武器を持っていないし、何より文官である。
ラーラは私から離れようとはしないし兄の事もあるので、ここはガルシアに任せる他なかった。
ガルシアが扉の前につくかどうかのタイミングで、一際大きな何人もの声が叫び声が響いた。
「化け物め!」
そんな言葉が響いた。
悲鳴と、扉に体当たりした音と振動が走る。
バタンッと大きな音を立てて玄関の内開きの扉が開くと、家令や警備の兵士、それにチェルノフ卿がなだれ込んできた。
何てことだろう。
そうしてチェルノフ卿の後ろには、無数の目の無い白い子供達が群れをなし、玄関前を占拠していたのだ。