377話 夜更けの客です
反対にこちらはあるかどうかわからない襲撃の上に、相手もあやふやなモノと言う事で、十分な説明を兵士達に出来ずに最初の緊張感が薄れてきていた。
気を張っているのは、実際に落ち子とやりあった数人くらいである。
落ち子の正体を伝えては、かえって兵士達の恐怖を呼んで悪徳の神に力を与えかねないということで、なんとも歯がゆい事だ。
大体、白い盲目の子供達が襲ってくるので警戒して下さいといって、本気で受け取る大人が何人いるというのだろうか。
大半の兵士は名目上通り、貴重な資料がギルベルトによりエーベルハルト侯爵家へ持ち込まれたのでその為の警備だと聞かされているのだ。
緩んできた警備の兵士達をラーラが叱咤するが、資料を警備するには過剰な状態が、かえって彼らの意識を甘くしていた。
それはそうだ。
殺人鬼が相手でなく、単なる警備では心構えからして違うもの。
いつ白い子供達が押し寄せても、おかしくないというのに。
そんな中、来客が訪れた。
「シャルロッテ様にお客様がいらしてます。如何しましょう?」
使用人が私に声をかける。
娯楽室で、賽子賭博の難しい方のルールを教わっていた時だった。
ここ何日かはギルベルト曰く「悪い遊び」を、私たちに伝授してくれているのだ。
騙されない為にはその手法を知らなければならないと、善良な子供2人に賭け事を教え込む学者は、彼こそが悪い大人の代表に見えて少し可笑しかった。
ひとつ言えることは家庭教師や礼儀正しい貴族から教わる事の出来ない遊びは、とても興味深い上に正しくない事は時に魅力的なのだということだろう。
もう、夕食後という遅い時間。
一体誰が来たというのだろう?
こんな状態なのだからなるだけ客は迎えたくないのだが、教会や仔山羊基金の関係等で人が出入りするのは止められなかった。
そもそも両親や兄宛の来客もいるし、業者だって出入りしているのだから、侯爵家で来訪をすべて断るなんて出来なかったのだ。
今回は来客にしては、非常識な時間だし既に休んでいるのでと、面会を断るのはおかしくないのだけど。
「どなたがいらしたというの?」
さっぱり想像がつかない。
「ルフィノ・ガルシア伯爵と名乗られましたが……」
使用人が、怪訝そうにいう。
王国の貴族年鑑にも掲載されていない、聞き覚えのない名前なのだから、訝しむのも仕方ない。
「ガルシア様はグローセンハング共和国の方よ。面識がある方なのでお会いしますわ」
「かしこまりました」
使用人は、私の言葉に「ああ、なるほど」と小さく呟いた。
聞かない貴族の名前に納得したのか、はたまた本人の異国の雰囲気に対しての感想かはわからないけれど、この時間もあって警戒していたのかもしれない。
ガルシアの名前を聞くと兄のルドルフがガタンッと音を立てて椅子から立ち上がった。
「何だって家に? 今日も父と母は夜会で不在だし私が家長代理として会うよ」
普段、柔らかい物腰の兄が敵意を向けている。
そうね、好きな女性と妹にちょっかいをかける男なのだもの。
笑顔で迎えるのは無理というものだ。
その剣幕にギルベルトもザームエルも驚いている。
「ルドルフ君、家長代理として私達をもてなしてくれて君はよくやっていると僕は思うよ? でも、そんなに息巻いて客に会うのは良くないね。この時間ということもあるし、子供だけでは心配だ。ザムを連れて行くといいよ」
学者が気をきかせて、助手をつけてくれる。
本人は来客には全く興味はないようで、自室で本でも読むつもりだろう。
兄といえば、ギルベルトの言葉に我に返ったのか少々反省している風だ。
「居候同然の身ですから、それくらいお易い御用ですよ」
ザームエルは快く引き受けてくれた。
この分なら険悪な雰囲気を避けられるかもしれない。
ガルシアと会うのは、あの晩餐会以来だけれど兄の乱入でちゃんとお礼もいえなかったし、いい機会である。
月の灯りの下、本館と別館を繋ぐ回廊を足早に歩いて向かう。
本当にどうしたのかしら?
こちらとしては子供なので、もう寝る時間なのだけど、大人としてはまだ早い時間と判断するのかもしれない。
妻帯も、ましてや子供もいないガルシアにとっては、まだまだ宵の口ということなのかも。
独身の身軽さというやつであろうか。
本館のサロンに入ると、赤い髪がすぐに目に入った。
顔立ちは端正だし、すらりとした体躯も目を引く。
いつもながらなんて鮮やかで目立つ人なのだろう。
その赤毛の人は私を見つけると、ほころぶ様に笑った。
「やあ、シャルロッテ嬢。月の美しい夜に私に足を運ばせる令嬢は、こちらにいらっしゃいましたか。王宮からいなくなるなら一言教えてくれたらいいのに、気付いた時にはどこにもいなくて驚きましたよ」
私の事を探したのかしら?
まあ、お母様の話が出来るのは私くらいなものね。
せっかくの話し相手が急に消えたら、行く先を調べたりはするのかも。