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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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371話 文字です

 鼻に抜ける芳醇な香り、舌で感じるのは厚みのあるねっとりとした複雑な味。

 喉越しは良く、男が人生で味わった事のない旨みが後から追ってくる。

「こりゃあ」

 ゴクリと喉を鳴らした。

「こりゃあ、うまいもんだねえ。生まれてこの方こんなのは飲んだ事がねえ。はあ、ありがたい。いや、安酒を飲んだせいで、いいワインが飲みたくてね、ワイン倉で働こうとまで考えてたんだよ。それがこんなところでありつけるとは」

 男はいつになく饒舌であった。

 上等なワインが口の滑りを良くしてくれているのもあるが、口が聞けない紳士を前に沈黙してはお互い退屈だろうと思ったのだ。

 実際には、口が聞けないと男が決めつけただけなのだが。

 生まれは王都の北にある村だとか、家族は何人だとか、日雇いの仕事の不満とかを男はつらつらと話していた。

「あんたも飲むかい?」

 ワインボトルを紳士に向けて差し出してみるが、首を振られてしまった。

 だからといって男は、同じ瓶に口を付けたくないのかとケチを付けるつもりはなかった。

 ただ、ひとりでこんなにおいしい酒を飲んでいるのが少し後ろめたくなったのと、一緒に飲んで楽しみたいという思いがあっただけだ。


 返事はないので壁打ちのような一方的な会話だが、時折紳士が頷くのを見てそれで満足した。

 短い時間の間に男の持っている人生のあれこれを披露してすっかりいい気分になる。

 ワインもいい感じに回ってきたのか、呂律が怪しくなり時折、居眠りのように意識が飛ぶ。

 いわゆる船を漕ぐというやつだ。

 いいワインを飲んで、紳士相手に話を語るのはとても楽しかった。

 うつらうつらと眠りに落ちる。


 紳士は、それをにこやかに見ていた。

 いびきをかきだしたところで、男に被さるように体を動かす。

 右手で男の口を塞ぎ、左手で彼の心臓をまさぐった。

 ビクンっと男の体が跳ねる。

 呻き声が少しだけ漏れたが、今まで大声で喋り続けた男を咎める者のいない場所だ。

 誰の耳にも届かないのはわかっている。

 すぐにその声もやんだ。


 紳士が手を離すとそこにはぐったりとした男がいた。

 抑えられていた口元は食い散らかされて顔の下半分の肉が、削ぎ落とされて並んだ歯と歯茎が剥き出しになっていた。

 胸にはぽっかりと穴が開き、行き場の無くなった血管の先があちらこちらを向いている。



 月が紳士の背中を照らしていた。

 それはもう人では無く、白い白い、頭の無い大きな体のナニカであった。



 酔っ払いにいい酒を与えたのは、酔い潰す為。

 いつもとは勝手が違うので、念を入れたのだ。

 叫ばれて、逃げられては元も子もない。

 男を殺すのは本意ではないが、必要な事であった。

 しかもこんなどうでもいい殺し方をするのは、本当に不本意であった。


 出来れば年頃の女性の方が良いのだが、今は目を付けた娘はいないし、女性のひとり歩きも殺人事件を警戒してか見つけるのが困難だ。

 有名になるのは喜ばしいが、夜歩く娘がいなくなるのはつまらない。


 手が足りない。

 いつもなら幾つもの小さな手が一緒に娘を恐怖に引き摺り込むというのに。

 まったくもって手が足らない。


 手っ取り早く死体を作るとなると、こんなところまで足を運ばなくてはならなかった。

 下町では、まだ人の目がある。

 それでも酔っ払いは見つかるかもしれないが、確実ではなかった。

 確実に簡単に死体を作る場所が必要だった。

 裏町までくれば、すぐに場所も相手も見つけることが出来るだろうと思っていたが、それは正解であったようだ。

 ここは危険に慣れて、油断した人間がいる場所だ。

 何より暗闇が多いのがいい。


 泥酔した男を殺すのは何の楽しみもないが、死体であればいいのだ。

 今回は拘らない。

 その魂に丁寧に恐怖を刻む程、手をかける価値もない相手なのだ。


 くちゃり


 試しに肉を()んでみるが、楽しくも何ともない。

 何の陶酔も訪れない。

 もっと時間をかけて、その魂に恐怖を染み込ませたいものだ。

 色の白い美しい娘であれば、じっくりと時間をかけて心ゆくまで堪能したのに。

 その悲哀にどれだけ神が喜ぶ事か。

 ああ、つまらない。

 それでも何箇所か噛んで跡をつけなければ。



 ぼきり


 男の胴体を足で抑えてから腕を引っ張る。

 どうやら肋骨が砕けたようで足先が肉に沈んでしまう。

 腕は肩口から外れて手頃な大きさとなったが、それは思うようには千切れなかった。



 ごきり



 首ももいでみたが、何か違う。

 ちぎれた首元を確認するが、ポイと捨てた。

 白い巨体は、少し考えてから足を胴体から引き抜く。

 足の関節を砕いてから力を入れてみる。



 ずるり



 と、大腿骨を残して足が抜かれた。

 2度ほどそれを振ってみる。

 なかなか具合が良さそうだ。



 白い壁に

 引き抜かれた足を筆にして

 その赤い血を墨にして


 文字を書く


 大きく

 真紅の

 血文字で



 ひとしきり書き終えると壁を眺める。

 出来栄えに満足すると、紳士はそこを去っていった。





俺を(sieh )見ろ(mich an)



 そう、壁に残されていた。






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