368話 賽子です
「貴族の娯楽室にある賽子だし最近は魔獣の牙を使う事が流行っているから、豚の骨ではないと思うよ? 豚の骨はあくまで材料がない場合だよ。古くは戦中に暇を持て余した兵士達がその辺におちている家畜の骨で賽子を作って盾の裏側に投げ入れて遊んだそうだ。家畜の骨が無い時には、猫の骨なんかでも賽子を作ったとも聞いてるね」
「猫の!!」
あんな小さくて柔らかい生き物まで使うなんて、賭け事はやっぱり恐ろしい。
「そうそう、賽子賭博が最盛の時は羊のくるぶしの骨を使うとかね。昔は娯楽が少なかったから、たいそう流行って国で賽子賭博を禁止にした時もあったそうだよ」
そんなに見境なしに賽子を作っていたら禁止されるのも当然だ。
賽子賭博は今でも人気だと説明されるが、手軽なので仕方がないことなのかもしれない。
私から見たら、今だってそう娯楽の数は多く思えないのだけれど、そういうものなのね。
賭博の歴史を聞きながら、賽子を投げて合計を当てるという単純な遊びは気分転換にちょうど良かった。
遊びながらこれは子供である私達が悪徳の神への恐怖に潰れないよう、大人2人が気を回してくれた事が伝わってきた。
賭博なんて大袈裟な物言いも、気を逸らすのに持ってこいだもの。
彼らとて平気ではないだろうに、心遣いが有難かった。
「骨転がし」は、ギルの圧勝で終わった。
賽子に何か仕込んでいるのではないかと疑うくらいだ。
まあ、うちの館の付属品の賽子でイカサマなんて出来るはずはないのだけど。
負けたのは不本意だけどゲームをした事で、前よりも仲良くなれた気がするし、良しとしよう。
「ギルには勝てた事がないんですよ」
ザームエルが、笑いながらそういう。
今までに、何度か挑戦したのだろう。
研究一筋みたいな人が、賭け事に強いなんて誰も思わないものね。
「今日は珍しい物が手に入ったので、寝る前の飲み物としてどうぞ」
私はソフィアに事前に用意して貰っていた飲み物を、娯楽室へ運ばせた。
テーブルの上に、青い液体が入ったグラスが4つ置かれる。
海色とでもいえばいいのかしら?
透き通る青さが神秘的である。
「これは?」
学者達が、手に取って眺めながら思案している。
なかなか、いい反応ではないか。
「骨転がし」に負けた分、ギルベルトが頭を捻るのを楽しませてもらおう。
「不安や怒りを沈めて安眠を誘う効果があるそうですの。ギル様とザム様には白ワインで、私と兄の分はお湯で作りました」
私はヒントを出さずに、その効果だけを小出しにする。
「うーん、花の香りだね。甘くて華やかだ。百合でも薔薇でもないね」
匂いを嗅ぎながら、学者は頭を捻っている。
ザムが、スっと口を尖らせて空気と一緒に白ワインを口に含んで、ゆっくりと味わうのが見えた。
「これは、菫……、匂菫ですね。ははあ、スミレの砂糖漬けを白ワインに入れたのですか。なんと美しい色と香りでしょう」
ザームエルが、うんうんと頷きながら関心している。
「スミレの砂糖漬けかあ! いやあ、わからなかったよ」
「そのままでも美味しいですけど、寝しなに食べるのはどうかと思って。飲み物にすれば甘味も薄れて男の方にも丁度いいでしょう?」
「シャルロッテ様はまだお小さいのに、女主人の様な物言いをされるのですね」
「そうそう、このお嬢さんは特別だからね。なんと言っても私の尻を叩いて部屋の片付けをさせるばかりじゃなく、王太子殿下に窓拭きをさせるんだから」
楽しげに笑うギルベルトの言葉に、兄とザームエルが信じられないという顔で私を見た。
口止めしていなかったのは悪いけど、王子に掃除させたのは私じゃなくて研究棟の婦人なのに!
その掃除の切っ掛けは私だったので間違いでないかもしれないけど、2人の視線に居心地が悪かった。
「また、一緒に眠る事になるなんてね」
兄が楽しそうにいう。
ギルベルトの失言が、後を引かなくて良かったわ。
どうやら王子の掃除については、聞かなかった事にしてくれたようだ。
クロちゃんとビーちゃんの活躍と賽子賭博のお陰か、もう兄の悪夢への恐怖は鳴りを潜めたようである。
「一緒に寝るのは、小さい頃のお昼寝くらいでしたものね」
貴族の子供は自立心か、独立心の為か赤子の頃から独り寝をさせられる。
勿論、乳母や使用人がそばに控えている事が前提であるけれど。
小さい頃は親と一緒に寝るのも悪くないと思うけれど、この社会を知ってみると夜会や何やと大人は夜に忙しいのでしょうがない事かもしれない。
私と兄が寝台に入ると、クロちゃんとビーちゃんが間に入ってきた。
ビーちゃんは取り分け庇護欲が強いのか、兄の頬にべったりと体を預けている。
甘えてるだけに見えるけれど、そうやって守っているつもりなのだ。
兄は嬉しそうにしながらも、潰してしまわないかひやひやしている。
兄が夢で見たように、元々のビーちゃんは大きいのよね。
こちらだと小さいのだけど、魂だけの空間だと元のサイズになれるのかしら?
インコのまま2Mを越してしまうと色々お世話も大変だけど、そんなビーちゃんに抱きつけたらそれはふかふか天国なのではないのだろうか。
それにしても宇宙を飛ぶなんて、本当に羨ましい事である。