367話 蒐集家です
貴族の娯楽のひとつとして、占い師による占術や交霊会も挙げられる。
そんな眉唾なモノに入れあげるのはどうかという人もいるが、人というのは怪しいモノに惹かれる質でもあるのか、これがどうして結構な人気なのだという話だ。
中には占い師に入れあげて、交霊談話会や占いお茶会など開催してしまう人もいるらしい。
魔法や魔術のある世界なのだから、より親近感を持ってもおかしくはないけれど、やはり中にはニセモノや詐欺まがいの者が存在するものだ。
霊感商法というものはこちらの世界でもまかり通っているらしく、信心深く信じやすい人間はそんな輩にこれ幸いと色々な開運道具が売りつけられて、その気がなくとも知らずそういうものの蒐集家に成ってしまうそうだ。
私は実体験してみたいとは思ってはいるけれど、その辺りの興味はそれほどでは無い。
だけど、寝室には安眠の為の複数の薬草油の瓶にはじまり妖虫避けの兎菊草油、馬頭鳥避けの夜鬼の革紐、それに今回煙水晶が加わって、このまま行くと寝室に何やら怪しいおまじないグッズのコーナーが出来てしまうのではないだろうか?
一般的なお嬢様の部屋には、そんなものは置いてないような気がする。
どうか見た人に、誤解されませんように。
黒魔術かぶれでも、神秘主義でもなく必要に迫られての事なのだもの。
胡散臭いオカルトグッズ蒐集家の中にも、私のようになし崩し的にそういうものが集まった結果という人もいるかもしれないと、認識を改めた。
昨夜とは違い、兄の体調もいいので今日の食後は娯楽室で少し遊戯でもしようとすることになった。
子供2人を相手に娯楽室なんて、ギルベルトとザームエルが少し気の毒に思えるけど付き合いのいいことだ。
本当なら、強めのお酒に煙草かなにかをくゆらせて大人の会話を楽しむ時間だというのに。
私達が直面する状況を考えると遊戯だなんて暢気なことかもしれないけれど、日中話し合いをしてもなんの進展もなく、憶測を述べるばかりで終わってしまった。
寝る前くらいは気楽に遊ぶのもいいだろう。
「では、まだ大人の世界を知らない君達の為に賽子賭博としゃれこもうか」
ギルベルトが、いつになく楽しそうにそういうと、娯楽室の戸棚から賽子箱を取り出した。
「賭博だなんて!」
そういえばこの人は、ウェルナー男爵領でもナハディガルとラーラの決闘を掛け事にした前例がある。
学生の時から胴元をしたりしてたのよね。
私は賭け事はそこほど好きではないが、もし兄がはまってしまったらどうしよう。
霊感商法もだけど、賭け事も宗教も変にハマってしまうと家族の話も聞かなくなるというもの。
そういうことにまったく免疫のなさそうだけど……。
兄も両親の不在時に、家で賭博をしていいものかと少々心配顔をしている。
「大丈夫、大丈夫! 賽子賭博と言っても負けても金や土地を取り上げたりしないから安心して! 一番簡単なもので、練習遊びをしようと言う訳さ。本番は大人になってからだよ」
両手を胸の前で開きながら、どうどうと馬を落ち着かせるように手を前後させた。
不安な顔の子供2人を楽しそうに見ているけど、ちょっと意地悪なんじゃない?
「土地を取られることがあるのですか?」
兄が驚いて声を上げる。
「賭博に入れあげた貴族が身代を潰す話はない話じゃありません。真面目な人ほど歳をとってから賭博を始めると、止め時がわからずに全てを無くしてしまいますからね。子供のうちに経験して免疫をつけるのは大事な事ですよ。賭博とはこういうものだと、社会に出る前に知っておくのは悪くありません」
ザームエルも、賽子賭博に賛成なようだ。
彼のような人は、付き合いで賭博場にも足を運ぶ事があるのかしら?
確かに金銭が絡まないのなら、子供のうちにそういう遊びに触れるのも悪くはないかもしれない。
大人になって賭博に溺れるよりは、子供のうちにうまく泳げる方がいいというものだ。
ここはひとつギルベルトを信じるとしよう。
「賽子を2個投げますから、その出た目で勝敗を決めるんです。これは『骨転がし』というゲームで、実際にはもう少しルールがあるのですが、ギルが言ったように1番簡単なやり方でいきましょう」
「『骨転がし』だなんて、何だか物騒な名前ですね」
賭け事に負けた人間の骨を投げて、どうこうしたのが発祥とか?
何だか怖い発想をしてしまう。
「ははは! 『骨』とは、この賽子の事だよ。昔は豚の骨なんかを四角くして賽子にしてたからね。その名残りみたいなものだよ」
なんだ、そういうことなのね。
自分の想像の方が物騒であった。
「では、この賽子も骨で?」
兄がテーブルに置かれた賽子を、薄気味悪そうにじっくりと眺めながら聞く。
確かに骨だと抵抗があるかも。