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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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360話 おつかいです

 ガラガラと音を立てて、馬車が貴族街の大通りを走っている。

 目抜き通りには多くの仕立屋や宝石店、香水店に、帽子屋、鞄屋と貴族の身を飾る店が目立つように数多く並んでいた。

 貴族街に入るにはある程度の検問を通らないといけないので、道を歩いている者の中にみすぼらしい姿の者はひとりもいない。

 下働きや召使の姿にしても、地味で貴族の装いに劣ることはあっても身綺麗にしている者ばかりだ。

 街角には警邏の兵士が立っていて、下町にいるような怒声を上げる酔っ払いも物乞いのひとりも存在しないのだ。

 もし庶民の身分でこちらへ来ようとするなら、服装をきちんとして身分を証明する文書や紹介状を持たなければならない。

 抜け道はあるかもしれないが、それは裏社会で管理されるものだろう。

 偶然迷いこんだとしても、見つかればすぐに追い出されてしまう。

 徹底して、貴族と庶民とは明確に棲み分けがされているのだ。


「お嬢様自らお菓子を買いに出るなんて、しかもラーラ様の仮眠中だというのに、後で怒られても知りませんよ」

 馬車の中で、ソフィアが呆れた顔で言った。

 確かにラーラは怒るかもしれない。

 けどきっと、レモンパイを食べたら笑顔になるんじゃないかしら?

「アリッサが付いてきてくれたのだし、それはいいじゃない? 街歩きをする訳でなし、評判のお店を1度見てみたかったのだもの」

 今、私はレモンパイを買いにお遣い真っ最中の子供である。

 本当なら使用人に買いに行かせるか、店に配達させるのだけれど、ずっと王宮にいた事もあって、つい出掛けてしまったのだ。

 不用心かもしれないが、こちらにはアリッサと護衛の兵士達も控えてくれている。

 なんと言ってもまだ日は高いし、ギルベルトも出掛けるのに危険はないといってくれたのだ。

 悪徳の神を恐れて、家で震えてなんかやるものですか。


「あ、そうそう。花屋にもよって欲しいの」

「花屋ですか?」

「ネルケの花を届けてくれた花屋に寄りたいの。住所はここね」

 そう言って、家令からもらったメモをソフィアに渡す。

 彼女は馬車の天井を叩いて馭者に用がある事を知らせて、それを渡した。

 先に花屋を回ることになり、貴族街と下町の堺の門の方へと馬車は進行方向を変える。

 生鮮食料品や花などは、毎日外から仕入れの荷馬車を迎える為に、貴族街の門の傍に集中しているのだ。

 すました店が並ぶ大通りと違い、こちらは小売商や商売人達をはじめ荷下ろしの人夫達が行き来をしていているせいか、わいわいと活気に溢れていた。

 積み上がる野菜籠に根菜類を詰めた木箱、仕事人達が立ったまますぐに食事が出来るよう屋台も充実してガラリと雰囲気が違う。


 この先の門の外はもう下町で、もっと人の喧騒が激しいそうだ。

 特に門を出てすぐの区画は、王都学院の生徒がお忍びで通うようになった場所でもあり、治安も下町としては特にいいらしい。

 川沿いに公園もあり、木陰で昼寝をする輩もみられるそうだ。

 貴族も庶民も混ざって一休み出来る、珍しい場所となっていると聞く。

「今は『噛みつき男』事件が騒がしいので、あちらへ行くのは無しですよ」

 兄とハイデマリーのデートの為に下見に行きたいけれど、ソフィアにそう釘をさされてしまう。

 今ではエーベルハルトのタウンハウスの方が『噛みつき男』に目をつけられていて危ないのだけど、それはソフィアには伏せている。

 厳重な警備も何もかも、ギルベルトの仕事の為だと信じているのだ。

 悪徳の神の件で彼女まで巻き込む事は本意ではない。

 なのでギルベルト達と話をする時は、王国見聞隊が聖女の意見を参考にする会談であり、秘密保持の為と言う事で席を外してもらっている。

 蚊帳の外にされて腐らないかと心配もしたが、流石に子供の頃から侍女教育を受けているだけあって、でしゃばらずに控えてくれるのでその点、ありがたかった。

 子供だと思っていたけど、すっかり大人びちゃったのよね。

 しっかり者で頼りになる侍女なのである。


 久しぶりの外出に興味津々に馬車の窓から下町に続く門を眺めていると、詰め所にいる年若い衛兵の中のひとりに目がいった。

 なんだか世を嘆いているような感じで印象的だったのだ。

 元気にしていたらモテそうなのに。

 同僚も彼には声を掛けづらそうにしている。

 彼は下町の方へ眼をやり、なにやら物思いにふけっているようだ。

 視線の先の下町の公園で、女性にひどく振られたとか?

 それはちょっと下世話ね。

「噛みつき男」の捜査で疲れているのかしら?

 まさか知人の女性が「噛みつき男」の被害者になったのでは?

 そんな突飛も無い考えがよぎる。

 不吉でもないと頭を振ってみたが、彼の左腕には喪に服す事を示す黒い縮緬(クレープ)生地の喪章が付けられているのを見つけてしまった。

 誰かを亡くして悲しんでいるのだ。

 ご不幸があったのね。

 そんな人の詮索をするなんていけないわね。

 反省して通りすがりの私だけれど、相手の人の冥福を馬車の中から祈らせてもらった。



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