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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
365/644

359話 快哉です

 耳障りで、ざらついて不快な声。

 不浄で汚らわしく嫌悪を感じるその咆哮。

 その声は、この煉瓦の遺跡の主のものであったのだろう。

 地下の牢獄に繋がれたそれは、自分の縄張りを荒らされた事を知ったのかもしれない。

 自分の眷属が蹴散らかされたのを、肌で感じたのかもしれない。

 だけれど、地下に囚われたまま叫ぶことしか出来ないのだ。

 憤り、怒りを乗せた声を地下から仔山羊へ返すと、その後には静けさが訪れた。


 しんとして辺りに動くものはなく、もはやそこは正真正銘のただの廃墟のようであった。

 最初から何もなかったかのように。

 あれだけいた白い子供達は1匹残らず、仔山羊の頭に収まったのだ。

 そうして、その場に巨体の飛行生物と、4本脚の蔓の塊と兄だけが残された。

 呆然と立ち尽くしていると、飛行生物は丁寧に兄と仔山羊を抱き寄せて空へフワリと飛び上がったという。


 美しく織り綴られた天鵞絨の様な艶やかな夜空がそこにあった。

 雷光差す絶望の深淵の世界から一転、星々の煌めく宇宙へと景色は姿を変え、物凄い速さでその空間を抜けた。

 走馬灯の様に流れゆく天空の世界。

 数々の星や、同じく宇宙を駆ける見たことも無い生物が目に映っては消えていく。

 寒くもなく、熱くもない。

 兄は自分の魂だけがあの牢獄へ連れ去られていたなどとは思ってもないだろう。


 そんな不思議な星間飛行をしたという。

 そうして、悪夢の先から兄は帰ってきたのだ。


「まあ! まあ! まあ! なんて事、クロちゃんとビーちゃんが、そんなに活躍するなんて!」

 兄の悪夢というより、私にとっては冒険活劇と呼ぶ方が相応しい夢の出来事にすっかり感心してしまっていた。

 なんて不思議で素敵な話かしら。

 ザームエルは子供の見た荒唐無稽な夢の話だとでも思っているのか、微笑ましく兄を見つめている。

 全く信じていないのよね。

 現実味がないのは認めるわ。

 兄が子供だから許されるのであって、もし大人が同じ様な経験をして人に話したとしたら、狂人扱いされてしまってもおかしくはない。

 でも、神話の生物と関わるってこういう事なのだと思う。

 きっと後からギルベルトが詳しくザームエルへ説明してくれることだろう。

 悪徳の神の落ち子の存在は見ているのだから、時間がかかってもきっと理解してくれると信じよう。

 でもその時、彼は自分の正気かギルベルトの正気、どちらを疑う事になるのだろうか。


 兄の見た夢の話を、反芻するように私は味わった。

 ああ、あの胸糞が悪くなる悪趣味なお化け屋敷の悪徳の神の落ち子達を、2匹が退治てくれたのだ。

 こんなに胸がすくことはない。

 思い知ったかという気分である。

 その雄姿をこの目で見てみたかったものだ。

 その為に2匹が支払った代償は安いものではなかったが、兄はそれ以上のものを2匹に返したのだ。

 快哉というより、他ならない。


「こんなに可愛くて賢いのに、その上強いだなんて! とっても偉いわ!」

 私は彼らに抱きついて、これでもかと撫でくりまわした。

 2匹とも嬉しそうに鼻息を荒くする。

 私の自慢の獣たち。

「ただ目が覚めた時に目の前に、ね」

 濁すように、申し訳なさそうにルドルフはそう言った。

 こればかりは仕方がない。

 クロちゃんとビーちゃんは、兄を守る為に力を奮って元の姿に戻っていたのだ。

 夢の中の魂という曖昧な存在で受け止めていた異形を、現実に実存する体で間近で見た時はまたそれは違うことだろう。

 兄が声を上げたのは、不可抗力であるとしかいえない。

 慣れないものを寝起きに見たのだもの、誰にも責める事は出来ない。


 声を上げて飛び起きたものの、それでもシーツに隠れた2匹の姿をデニスにも言わないでくれたのはありがたかった。

 きっと見た人は卒倒してしまうだろうし、余計な恐怖を振りまくのは必要ない。

 世の中には知らなくていいことが山とあるのだもの。

 それを咄嗟に判断して伏せてくれた兄には感謝だ。


 それにしても2匹と宇宙旅行をしたなんて、羨ましい限りである。

 それは、どんな風なのかしら?

 私が前に黄金の蜂蜜飴で体験したような感じ?

 それともフーバー子爵邸であの大きな蜘蛛の神様を見たような感じ?

 兄の話を聞くに、そのどれとも違うような気がした。

 ビーちゃんの翼で、クロちゃんと一緒に空を飛ぶなんてこんなに素敵なことはない。

 そんなに楽しそうなら私が代わりたかったと不満を漏らすと、兄は全く楽しむ所ではなかったよと呆れ顔で言った。





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