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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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358話 奮迅です

 それは間違いなく、威嚇の声であった。

 その証拠に白い子供たちは、いつもの悪夢と違い警戒するように耳を傾け鼻をひくつかせながら、辺りを探る様子で動きを止めている。

 そして埃がおさまると、子供達から兄を守る様に目の前には大きな影が立ち塞がっていた。

 体長2メートル以上ある巨大な羽を持つ人型の爬虫類のようなものが、兄の前に降り立っていたのだ。


 それは今まで見た生き物の、どれにも似ていなかった。

 その体の部位だけ見ても理解出来そうなのは蝙蝠のような皮膜の羽と、腰が括れてまるで蜂のような腹をしている事くらいだ。

 風を司る黄衣の王の眷属。

 魔宴の車馬。

 宙翔ける翼。


 新たな異形に驚いたが、それは一瞬黄色い小鳥のようにも見えたのだという。

 恐ろしい姿とは裏腹に、こちらに敵意が無いのが伝わる。

 そうして片手には黒い仔山羊を掴んでいて、器用に床に降ろしていた。


 有翼のそれが力強くその羽を震わすと風が吹き部屋の中の埃が舞い上がり、子供達の進行を阻んだ。

 白い子供達は新たに現れた異形を相手に口々に、



「たべえう」


「かむ」


「かみつくう」



 と叫びながら、飛び掛るように突進してきたという。



 ばさり



 大きな有翼の爬虫類が、その羽をもう一度動かす。

 ただそれだけで、子供達は叩きつけられるように煉瓦の瓦礫を巻き込みながら飛ばされた。

 衝撃により、ひしゃげる者や関節があらぬ方向へと曲がる者もいたが、ぼろぼろにされてもまだこちらへはいよって来る。

 何故そうまでして向かって来るのかと兄は疑問に思ったらしいが、なんてことは無い。

 そこにおいしい人の子がいるからだ。

 闖入者に新鮮で肉汁たっぷりの御馳走を奪われたくはなかったのだろう。



 めえええええ


 鬨の声のように、もうひとつの鳴き声がした。

 高らかにラッパのように仔山羊は鳴き声を上げると、小さな体で有翼の巨体の前に歩み出る。


 有翼のそれは兄を守る様に羽の影に隠し、その場を仔山羊へ預けたようだ。

 子供達の群れの前にぽつんと立つ仔山羊の姿は、勇ましいというよりは、痛々しく無謀にしか見えなかったという。


 暫し対峙した後、仔山羊相手なら勝てると思ったのか、一斉に子供達は飛び掛かった。

 無力な仔山羊はその肉を齧り取られて、すぐさま骨になってしまうのだと兄は思ったそうだ。

 妹の愛する小さな仔山羊。

 それが散らされようとしているのに、足は固まって動かない。

 不甲斐ない自分を責めても、何も事態は変わらなかった。

 すっかり子供達に埋もれてその愛らしい姿も、もう目には入らない。

 歯痒い思いで手だけが伸びた時、それは鳴った。




 あ゛゛ア゛あ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛ああ゛アァあ゛あ゛ぁァ




 実際には鳴いたと言う方が正しいが、兄には仔山羊の体全体から音が四方に放たれて鳴り響いたように感じたのだという。

 破鐘のような声。

 それはおぞましく、聞くものをひれ伏させる威厳を放つ。

 おおよそ、生きている者から出せるとは思えない音。

 煉瓦の遺跡の隅々まで、それは行き渡るかのような仔山羊であったものの鳴き声。

 誰がこの場を制するのか、それを知らせる警笛。




 仔山羊に飛びかかった子供達は、次々に持ち上げられていく。

 蔓のような触手が、子供ひとりひとりを捕まえて、勝ち誇るように宙に掲げていった。

 その小さな体の何処に隠していたのだと、問いたくなる程の沢山の触手。

 常識も物理法則も、ここには存在しないのだ。


 それの表面には幾つもの目玉が滑るように移動して、目の前の敵をひとつ残らず逃すまいとギョロギョロと見張っているかのようだった。

 そうして、既に仔山羊には見えない何かの頭と思われる場所が、ぱかりと開く。


 真っ暗な、深淵よりも深い闇がそこにはあった。

 白い憐れな子供達は触手から逃れる事も出来ず、その頭にある暗闇へ押し込まれ、それを飲み込む度に仔山羊は歓喜の声を上げた。



「やみてええ」


「おいし」


「たすけえ」


「うまし」


「たべないて」



 子供の何人かは、闇に飲まれながら悲鳴の様にそう呟いたが、それはただ人の言葉を聞き覚えた意味のない羅列なのか、彼らなりに意味のある発言だったのかは誰にもわかりようもなかった。


 それは被害者達が、死ぬ前に漏らした言葉と自分達のやり取りであったかもしれない。

 死ぬ時にはそういうやり取りをすると、覚えたのを自分達の死を前にして披露してみせたかもしれない。


 そんな全てを闇は呑み込んだ。




 イタズラする子はだれだろな

 黒犬さまがやってくる

 夜に寝ない子だれだろな

 黒犬さまがやってくる


 悪さをすると黒犬さまの頭があいて

 夜の向こうへ連れていく 

 ひとのみにして 連れていくから



 いつか聞いた童謡。

 あの歌は、本当だったのだ。

 夜を我が物顔で闊歩した白い子供達は、為す術なく仔山羊の頭の混沌の闇に呑まれていった。

 悪さをしたから、連れていかれたのだ。



 何処かで怒声にも似た声が聞こえる。

 憤るような、嘆くような。

 先程の仔山羊の鳴き声に、応えるかのように。



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