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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
363/644

357話 変化です

 ごめんね

 ありがとう

 ごめんね


 2匹への思いが、悔恨と感謝が、ないまぜになって私の胸を満たす。

 さあ、望む姿へかわりましょう。


 姿を変化させるのは、もう4回目だもの。

 手慣れたものだ。

 魔法の練習のお陰で、イメージをする力も訓練されたのではないかしら?

 おでこをくっつけて、そうなるように祈るのだ。

 ずっと一緒にいたのだもの。

 寸分たがわず前の姿を思い描ける。


 だけど覚えていてほしい。

 私は元の姿のままでも、あなた達が大好きだということを。

 これは一緒にいるための、単なるおまじないなだけだ。


 輝く草原のような毛並み、可愛らしいちいさな脚、口から零れる美しい鳴き声。

 そのどれもが愛らしさで出来ていた。

 兄の為に力を使った健気な2匹は、また私の腕の中で羽毛を纏い、美しい獣へ変貌する。

 艶やかな月夜を思わせる射干玉(ぬばたま)の様な毛並みの仔山羊。

 輝く太陽の様な向日葵の花の色の小鳥。

 誰が見ても好きにならずにはいられない、可愛い私の獣たち。

 私を信頼する眼差しはそのままに。



「やあ、来たね。遅いからどうしたのかと思ったよ」

 私達がサロンへ足を運ぶと、ギルベルトが迎えてくれた。

 兄はすっかり落ち着いたようだ。

 一瞬、クロちゃんとビーちゃんを見てびくりとしたが、それを抑え込むように唇をぎゅっと噛むとこちらへ駈けよってきた。

「クロさんもビーさんも、私を守ってくれてありがとう」

 そう2匹に跪いて、兄は何度も何度も感謝を示した。



 最初は及び腰だったクロちゃんとビーちゃんは互いに目を交わしてから一度大きく頷くと、すりりと兄に頬ずりする。

「さっきは驚いてしまって申し訳なかったね。寝起きだったから、びっくりしてしまったんだ。決して君達を拒否しようとか考えていないからね」

 ものすごく真剣に、兄は2匹に謝っている。

 まあ、起きたら同じベッドに異形2匹がいたら、驚くのは仕方がないだろう。

 驚いた上で、それが2匹を傷付けたかもしれないと兄は考えたのだ。

 2匹は実際にしょぼくれていたのでそれは間違いではないけれど、謝られるとは思っていなかったのだろう。

 クロちゃんは尻尾をふりふり、ビーちゃんは羽毛を膨らませて可愛い声を上げながら、喜びを体いっぱいで表現した。


 異端が拒否されるのは、生き物の防衛本能みたいなものだ。

 だからこそ私は、人に自分の前の生を語れない。

 そして私の異質な部分を恐れて、人々は「聖女」と呼んで自分達とは隔離したのではないだろうかと勘ぐってしまうことがある。

 訳の分からないモノに名前を付ける事で、安心するのは世の習いだもの。


 小さな子供でさえ自分とは違うと感じれば、無意識に避けたり虐めたりする。

 それを克服するには多様性を理解する知性か、人を否定することを知らない無垢な心しかないのではないか。

 兄は今、恐怖を理性で押さえつけて2匹と向き合った。

 それは素晴らしい事ではないだろうか。

 2匹がすりすりと一生懸命に兄に頬ずりしているのが、とても尊く感じ入った。


 良かった。

 本当に良かった。

 受け入れてくれてありがとう。


 人に恐怖を与えないよう元の姿を見られないようにシーツに隠れた2匹も、彼らを受け入れようと歩みだす兄もどちらも誇らしい。

 私は誰かに私自身を打ち明ける事が出来るかしら?

 その時、兄のように踏み出してくれる人はいるかしら?

 何だか妙に臆病になってしまう。

 家族にさえ打ち明けることはないのに、誰に言えると言うのだろう。


「結局、悪夢は見たのですか?」

「うん、あれは悪徳の神の仕業なのだそうだね。先程、アインホルン殿に伺ったよ」

 何ですって!

 私は学者をギロリと睨んだ。

 私がいない間に、そんな重要な話をするなんて。

 誰かに狙われているなんて、ましてやそれが神話の生物かもしれないのに、子供に話すのは軽率じゃない?

 私の怒りに気付いたのか、ギルベルトは若干焦り気味である。

「だって、事実はちゃんと伝えないと気持ち悪いじゃないか」

 もじもじしながら小声で口を尖らせている。

 だってじゃない!

 私が文句を言う前に、そういう問題じゃないんだよとザームエルが諭している。

 この人の悪いところよね。

 何でも神話の生物が先にたつのだ。

 兄に真実を告げるか悩んだ私が、馬鹿みたいだった。



 兄が夢の中で気が付くと、そこはいつもの場所だった。

 暗い心を蝕むようなその場所で、いつも通り化け物達が煉瓦を崩してこちら側へやってくるのを縮こまって待つしかないのだ。

 息を潜めて、せめてその時が少しでも遅くなりますようにと誰ともなしに祈り続ける。

 その祈りが無駄になる事もわかっているのに、祈るのをやめる事は出来なかった。


 煉瓦の壁を引っ掻く爪の音が耳朶を打ち、一緒に魂までもが削りとられている気持ちになる。

 そうして無情にも壁に穴が穿ち、そこから白い(めしい)の生き物が我先にと押しかけてくる。

 自分目掛けて。

 餌に目掛けて。

 ああ、いつも通りだと絶望したところに、あの朽ちた窓の外から、鳥の鳴き声がした。



 ぴいゆうー



 鳥?

 他に思い当たらないので鳥だと思ったけれど、初めて聞く鳴き声だ。

 甲高いその声は、威嚇していた。

 手を出すなと。

 そうして雷が落ちたような音と同時に窓に大きなものがぶつかり、もうもうと石埃が舞い上がった。



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