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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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352話 人の手です

「『Yの手』の使い方は、後世あれを使って人を呪った者達が、試行錯誤を続けた結果なのではないかと僕は思うんだ。そもそもは悪徳の神を崇める為の偶像であったかもしれない。たまたま名前をそこに刻んだのが始まりなのかもしれない。それが『Yの手』と共に、口伝で広がったんじゃないかな」


 人目につかない山奥、それとも場末の木賃宿の一室で黒山羊様から自分の罪を隠す為に、手に入れた悪徳の神の手の彫像へ祈りを捧げ続ける。

 そうしているうちに、土台の一部の粘土部分に何も書かれていないのが不自然に感じられるのではないだろうか。

 祈りを捧げる人間は、思うままにそこに欲望や望み、あるいは自分の名前や欲しい女の名前を刻むかもしれない。

 その結果、悪徳の神との接触を理解して邪魔者の名前を、生け贄の名前を、そこに刻み込む使い方が正解だと気付くのだ。


 もしくは、所持した者のひとりはその開いた手に被害者の一部を握らせようと考えたかもしれない。

 ただ何となく、犯罪の記念物(トロフィー)を、像のその手に置きたくなったのかもしれない。

 像はそれに応えて、その手の形を変えたかもしれない。

 そうして持ち主達の気まぐれな行為が、儀式めいたものを作り上げ、呪いの道具として人々の手を渡り、新たな手順として付け加えられていったのだろうか?

 それは手探りで新たな利用法を増やしていく、いわば人の手を経て進化する呪物だ。

 持ち主により如何様にも、使い方は多岐に渡るということだろう。

 人の憎しみと恨みを糧にして、あれは存在してきたに違いない。


 そんな試行錯誤はしなくていいのに。

 小人閑居して不善を為すとはこの事ではないだろうか?

 愚人が暇を持て余すと、悪い事をしてしまうという意味だっけ。

 その労力を他に回せないのかと思ったが、人を呪うという行為は、それほどまでに捨て難く魅惑的だとでもいうのだろうか。


 いや、力も無く泣き寝入りをするしかないのなら、為す術なく嘆き続けるしかないなら、人を呪ってしまうのは仕方ないのだ。

 それほど人の心は脆く、如何様にも染まりやすい。

 呪うのをやめろと言うのは、夢を見るのをやめろと言うのと同義なのかもしれない。

 それをどうこう出来るのは、本人だけなのだ。

 心情を知ることの無い他人が口を出すのは傲慢というものであろう。

 かといって擁護出来る事ではないし、難しい。

 復讐心からの呪いは正当で、自分の利益の為や欲望からの呪いは不当であるのか。

 納得出来る理由があれば、呪ってもいいともいえないし難しい問題だ。

 ひとりずつに正義があり、悪がある以上答えは出ない気がした。


「噛みつき男」は、世の女性を呪ったのだろうか?

 ただの猟奇趣味を満たすための手段?

 それとも、何かの夢を叶える為にしているのかしら?

 兄を狙う意味はわからないけれど、それも「噛みつき男」の欲望の何かを示しているの?


「兄はその名前を目にしたので、匂いを着けられてないのに、悪夢を見ているのでしょうか?」

 名前を呼んだら来るのだもの。

 その名前を目にしたのは、かなり危険なのではないだろうか。

 匂いでマーキングされていないだけ、まだましというものかもしれない。

「ああ、うん。その可能性もあるけれども……。うーん、君はなにも気にならないかい?」

 学者はしばし悩むと、とても困ったような変な顔で言った。

「何をですか?」

 問答が好きなのはわかるが、こうももったいぶるのは罪というものだ。

 はっきり言ってくれたらいいのに。

「いや、さすがに僕も失礼かなと思うんだよね」

「何が言いたいかさっぱりわかりませんわ。ちゃんと言って下さい。ギル様が失礼なのは今に始まった事ではないではないですか」

 さっきだって私に酷いことを言ったくせに、これ以上何を言い淀む事があるというのか。

 私の言い様に学者は少し怯んだ様子をみせる。


「僕もさっき気付いた事だし、確信のある話ではないからなあ。ちょっと、言葉にしていいか悩んでるんだよね」

「だから、ちゃんと言って下さい! 失礼だとか、怒ったりもしませんから!」

「君の家って、いつもこんなに花の匂いをさせるものなのかい?」

 言いたくなかったのに、という様に口を割った。


「は?」


 私は、その質問の意図がまったくわからずに、あんぐりと口を開けた。

 今まで悪徳の神の話をしていたのではなくて?

 何故そんな突然に飾ってある花の話を?

 飾られた花にケチをつけるのは、確かに家人に失礼なことだ。

 訪問先で、活けられている花に言及する時はその家人のセンスを褒める時か、嫌味を言う時くらいだろう。

 ギルベルトは、花なんて無頓着そうなのに実は神経質なタチだったのかしら。


 花の匂いが何ですって?

 こんなに花の匂いをさせる?

 確かに飾ってあるのは、ネルケの花だもの。

 匂って当然だ。

 香水にも使われる、薫り高くて有名な花だ。

 王都では新鮮なネルケの花を扱う店は少なくて、私の帰宅に奮発したのだと……、私は思っていたけれど。


 匂い?


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