349話 罪と罰です
両親の交友関係はあまり知らないけれど、エーベルハルトでわかりやすく嫌がらせをされている人間といったら私しかいない。
そしてその嫌がらせをしているのは、アニカ・シュヴァルツではないのか。
ハンプトマン中将も私を気に入らなそうだけれど、嫌味を言うくらいで彼女に比べたらかわいいものだ。
神話の生物、悪夢、嫌がらせ。
その言葉の羅列は連想ゲームではないが、高慢の種を思い起こさせる。
高慢の種自体の犯人はまだ判明していないが、アニカ・シュヴァルツが関与している可能性は非常に高かった。
尻尾を掴ませないが、彼女らしき少女の存在の証言がとれている。
物証がないのでレーヴライン侯爵が任意の聞き取りを本人にしたのだが、シュヴァルツ男爵家は強く抗議を入れアニカは子供らしく泣き伏せて、知らぬ存ぜぬを貫き通したそうだ。
その上で、これは濡れ衣で犯人は聖女のシャルロッテ・エーベルハルトだと主張したのだという。
それを真に受ける者はいなかったようだが、厳格なレーヴライン侯爵はそれこそ証拠の無い戯言だと切り捨てた。
だが、その醜悪さに顔を歪めたそうだ。
そうしてレーヴライン侯爵家は、アニカの資金源のひとつであり西に本拠を置くハインミュラー商会との取引を縮小したのだという。
その行為は公平とは言えず、彼らしくないが裁けない罪への罰であるのか、単に評判の悪くなっていく賢者に対してのささやかとは言い難い抵抗であるのかはレーヴライン侯爵本人にしか分からない事だ。
それは公正で厳格である彼の、侯爵家の信条に反することであるが、親とは時として子の為にそれすら擲つことがあるのだ。
彼は彼なりにアニカ・シュヴァルツに罪があると判断し間接的にでも罰することが、娘のハイデマリーへの愛情だったかもしれないと私は思った。
ナハディガルの話では、高慢の種を扱ったとされる魔術師はシュヴァルツ男爵領へ逃げたという推測だったはずだ。
そもそも「噛みつき男」の事件は王国の西の領地で始まった。
西の領地にはシュヴァルツ男爵家も該当する。
どんどんと勝手に、自然に思考の糸が繋がっていってしまう。
「お嬢さんは目立つし恨みをかってそうだもんなあ」
ギルベルトが私の考えを知ってか知らずか、気の毒そうに私を見た。
「まだ、決まってはいないではありませんか。う……、恨みをかうなんて事していませんわ」
そうだ、私は誰かの恨みをかうような真似はしていない。
アニカから一方的に恨まれているのは何となくわかるけど、それは私の存在が彼女にとって邪魔だから?
それは私のせいなの?
私が王太子殿下の婚約者になったせいで、落胆した貴族達はどれほどいた?
私が仔山羊基金を通して販売した商品によって、打撃を受けた商人もいるかもしれない。
私がしている女性保護活動のせいで、女性に逃げられて大損した男だっているかも。
自分がしてきたことが、巡りめぐって誰かの不幸になり恨みをかう。
そんなことをぐるぐると頭の中を駆け巡って、つい目に涙が浮かんできた。
「ギル! なんてことを言うんだ。女性にそんな事をいうものじゃない。ほら、謝らないか!」
泣いてはいないのに私の様子にいち早く気付いたザームエルが、ギルベルトの頭を押さえて謝らせている。
「いや、ちょっとした冗談だよ。申し訳ないね。僕は冗談のセンスが無くて……」
学者が言葉が詰まってしまった私を見て、おろおろと謝罪する。
きっと、いつものように軽口が返ってくると思ったのだろう。
でも、それ以上に袋小路に追い詰められたような気持ちが湧いてくる。
いけない、感情的になった覚えはないのに勝手に表情に出てしまう。
子供というのは、なかなかに感情のコントロールが難しいものだ。
泣いてはいけない。
シャルロッテ・エーベルハルト、間違えてはいけない。
はき違えてはいけないのだ。
悪いのは『噛みつき男』であり、兄を今狙っている輩だ。
自分の行動が他の人間に影響を与えるのは避けられない事で、そこまで責任を持てるものではない。
逆恨みまで受け止めたら、それはもう生きてはいけなくなる。
私は私の信じるようにやってきたのだから、それを否定してはいけないのだ。
私の中の子供の浅慮を、大人の分別で納得させる。
取り違えてはいけない。
自分を責めて泣くべきではなく、それぐらいなら怒るべきなのだ。
そう言い聞かせて背筋を伸ばした。
「もし、私に恨みを持つ者がいるのなら私自身に行動を起こすべきです。例えそれが兄本人、両親に対しての怨嗟だとしてもこんなやり方は間違っています。邪神に頼らず自分でどうにかすべきでは? 私はこのような事は許しません」
私は毅然とした態度でそう口にした。
自分に宣言するように。
子供が泣き出すと思っていたであろう2人は、ぽかんとした顔で私を見ていた。