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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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344話 インクです

「差出人はどなたでしたの?」

「それが、署名はなかったんだよ。使用人の外見も特に気にも留めなかったし……。署名が無いものは珍しいけれど、手紙を受け取るのはしょっちゅうだしね。そういえば香水がかけられていたのかな? なにか匂いがしたのは覚えているよ」

 思い出そうとしてくれてはいるが、特に記憶していることもなさそうであった。

 まさか王宮で、兄にそんなものが届くなんて思ってもみていなかった。


「それを口に出して読み上げたのですか?」

「まさか! そんな事はしないよ。誰が聞いているかわからないというのに。私が手紙の内容を口に出したりなんて無作法をすると思っていたのかい? 見た事のない単語がひとつ書かれているだけだったし、無記名のものだったから興味が無くてすぐに廃棄の書類のトレイに乗せて処分してしまったよ。シャルロッテが興味があるのならとっておけばよかったね」

 申し訳なさそうに、兄はそう言った。

 単語がカードにひとつだけ、随分素っ気ないではないか。

 でも、それはきっと悪徳の神の名前なのだろう。

 名前を目にしただけだと、どうなるのかしら。

 それはまだマシなのか、それとも手遅れであるのか。


「確か……、Y'g()……」

「待って! 待って! 口に出さないで!!」

 私は兄に飛びついて、口を手でふさいだ。

 私の剣幕に驚いている。

 そりゃあ妹に飛び掛かられるとは、思ってもみなかったろう。

 私だって兄に飛びつく日が来るとは、夢にも思わなかった。

「それで、そのインク瓶はどうされたのですか?」

 取り繕いながらにこやかに聞くが、若干兄は引き気味である。

 書状が処分されていても、さすがに瓶なら残っているだろう。

 何か、手掛かりになるかもしれない。

 私の問いに、兄とデニスが顔を見合わせた。

「それも実は……」

「捨ててしまったの?!!」

 つい、素っ頓狂な声をあげてしまった。


 確かに身元不明の物を手元に置いておくのはいい事ではないかもしれないけれど、物に恵まれているとこんなにも執着せず手放すものなのか。

 貰ったものをすぐ捨ててしまうなんて、これは『噛みつき男』も予想外だったのではないだろうか?

「いや……。うん……」

 デニスに困ったような顔を向けている。

 やれやれと言った風に、デニスは説明してくれた。

「実はインクの中に結構な量の香水が混ぜられていたのです。ルドルフ様のお好きな匂いではなかったのもありますが、そういう不純物を混ぜたインクは墨が薄くなったり時間が経つと瓶の中で凝固してしまったりと状態が悪くなって使えなくなるものなのです。万一、揮発性の毒などを混入してそれをごまかす為に匂い付けをしたとも考えられますので、薄気味悪くて早々に処分いたしました。調査する方がよろしかったですか? 私もルドルフ様もそこまで重要なものとも思えなかったので……」

「いえ! 気にしなくていいですわ」

 『噛みつき男』と関係があるかもなんて思わないものね。

 デニスが申し訳なさそうにしているけれど、よくわからないカードと、悪くなりそうなインクをもらったら私も捨てるかもしれない。

 こればかりはどうしようもないことだ。


 確か淑女が手紙をしたためる時に、便箋に香水を吹きかけたりするのだが、インクに一滴香水を混ぜるやり方も聞いたことがある。

 あれは瓶に直接入れるのではなかったのね。

 もしかしたらインク瓶の主もそれを知らなかったのか、それとも慌てていて沢山香水を入れてしまったとか?

「ほら、それに私は最近君の鉛筆を愛用しているからね! なかなかインクは減らないんだよ!」

 そういうと、書斎机の上に置かれた仔山羊基金で販売している聖女鉛筆を指差した。

 特注品の名前が金文字で刻印されている品だ。

 むむ、そういう訳なら余計に、不要なインクはいらないか。

 身内びいきでも鉛筆を使ってくれているのはうれしいことだ。

 手掛かりはなくなってしまっているが、不審な物を近くに置かない用心深さを喜ぶ事にしよう。


「そのカードとインク瓶には何か特徴がありまして?」

「カードはそうだな、綺麗な花模様がついていたね。あれは何と言うか、女性が好きそうな感じだったから、差出人は女の人だったのかもしれないね」

 若者に送るには、確かに花柄は相応しくない気がする。

 兄がいうように、相手は女性なのだろうか?

 それとも女性に出す為に用意したカードを兄に流用したとか?

 そもそも『噛みつき男』は、若い女性を狙うのだもの。

「瓶の方は蓋が金属製で、美しい模様がついていたね。彫金師が作った1品物の蓋なのかな?」

「確かに良い細工でした。手元にあれば販売元位はわかったかもしれませんが、処分してしまったので今頃はゴミ漁りの手から古道具屋にでも売られているかもしれません」

 デニスが首を振ってそう言った。

 全く手掛かり無しということか。

 残念だけれど仕方がない。

「兄様、今日の朝食は私が作りましたの。一緒に、朝食室へ参りましょう?」

 とりあえず聞ける事は聞いたので、私は兄を朝ごはんに誘った。




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