35話 貴賓室です
目覚めた時にあったのはめちゃくちゃに泣き腫らしたソフィアの顔。
ソフィアの声の後、父と母が覗き込む。
こんな事、前にもあった気がする。
あの時はマーサが1番に私を覗いていた。
あれはなんてことの無い赤子の日常。
起きると誰かが覗き込んでその後、家族が顔を見に来るのだ。
一瞬死んでまた赤子に?と思ったけれどそんな事は無かった。
よく分からないまま両親にもみくちゃにされて、その後やっと私が丸1日、目を覚まさなかったことと事の顛末を聞くことが出来た。
私が倒れるのと同時に、高慢の種は干からびてハイデマリーの左手から落ちたらしい。
彼女も錯乱しており、現在は医者と聖教師がついているそうだ。
種は厳重に聖布にくるまれて大聖堂の奥に収められたので心配はないらしい。
ナハディガルは正直に私の話を王宮と両親に伝えていたので、何故事前に話をしなかったとかなり怒られてしまった。
理不尽だけど心配だから怒るのだ。
私は自身が人の親であった経験からそれを知っているから、裏にある愛情と心配を噛み締めた。
素直に謝ったせいか反対に親なのに気付けなくてと謝られて、そこにソフィアも加わって大謝罪大会になってしまって最後はみんなで無事を祝った。
日常に戻って来たのだ。ただただ、それが嬉しかった。
落ち着いて周りを見渡すと、青と金が基調の豪華な部屋である。
ここはどこかと尋ねると、王宮の貴賓室だと言われた。
貴族でも、中々入れない部屋であるらしい。
今回の件は王国としても一大事であり、その功労者である私を労うのと、もてなす意味もありこの部屋が与えられたのだそうだ。
部屋の一角には、地母神教の祭壇が置かれて香が焚かれている。
そこだけ調和していないと思ったら、なんと聖教師達がわざわざ王宮に断って運び入れたらしい。
「一体どういう事なの?」
「シャルロッテが子供ながらに門外不出の地母神様の祝詞を正確な発音で唱えたので、彼らは君を神の御使いと言い出したのだよ」
父アウグストは複雑そうな笑いを浮かべて説明してくれた。
あの時私が咄嗟に唱えたのは秘伝とされる祝詞で、祭事で使われる際には一般人には聞き取れないよう祭祀音という発音方法で口の中でモゴモゴとした感じで唱えているのらしい。
それを私が正確な発音で唱えたのだから、どういう経緯で知ったのか、誰が漏らしたのかと大騒ぎになったそうだ。
結局はナハディガルの話が合わさって高慢の種を信仰で退けた聖女であり、神の御使いなのだという事になり対外的にも宣伝を始めたそうだ。
桜姫の次は聖女で神の御使いとは、自分でもびっくりである。
目が覚めた報告が伝わったのか、しばらくして扉がノックされた。
そこには気まずそうな王子が、花束を持って立っていた。
慌ててベッドから降りようとすると、そのままでと制止される。
差し出された色とりどりの花は、明るい色調でまとめられ華やかに作られていた。
「あなたの好きな花がわからなかったので、色々と入れてもらったよ。気に入ってもらえたらよいのだが。シャルロッテ嬢、王宮で大変なことがあったというのに、私は何も出来ないままですまなかった」
無力感でいっぱいという風で謝罪をしてきた。
自分の主催の茶会が滅茶苦茶になってしまったのに、ちゃんと私の心配も出来ていい子である。
起き抜けで油断していたせいで、つい「いい子ね」と、ぽんぽん頭を撫でてしまった。
「シャルロッテ! フリードリヒ王太子殿下にそんなことをしてはいけません! なんて畏れ多い」
母が珍しく大きな声をあげて私を諫める。
「いえ、いいのです侯爵夫人。私は気にしていませんから」
王子は、そっと母に手のひらを見せて止めた。
あれ?茶会では頭を抱えて顔を真っ赤にしていたのに、今は冷静なのね。
大人の目があるからかしら?少しつまらない。
「王太子殿下は私と踊ってくださいましたわ。楽しい時間をお与えくださって、ありがとうございます」
ニッコリ笑いかけると、気まずそうにしている。
「私は今まであんなものが存在するとは思ってもみなかった。お伽話なんだろうとしか……。シャルロッテ嬢は勇敢だった。私は震えて見ているだけで、申し訳なく思う」
大人びた口調だが、素直に頭を垂れる姿が頼りなく見える。
「私にもなぜあんなことが起きたのかよくわかりませんが、ハイデマリー様もご無事な様でよかったです。私も彼女も同じ被害者なのですから気持ちがよくわかります。彼女にはなんの罪もないのですから」
「だが彼女があなたの顔を叩いてしまったのを人が見ていたし、その前のひどい態度も噂にはなるだろう。呪いのせいだとはいえ仕出かした事は取り消せないのだ」
それはなにか納得がいかない。
彼女は悪いどころか苦しんで抗っていたのだ。
「そうだわ! では彼女があの態度でいたのは、婚約者選びの審査だったということにしましょう! ひどい態度を、フリードリヒ王太子殿下の指示でわざとしていたのですわ。それで各令嬢の態度を見ていたことにしてはどうでしょう? 後は私と彼女が仲良くしているところをパーティなどで見せれば、叩いたこともみんな演技だって皆さま信じますわ」
私の提案にポカンとした顔をしたが、しばらく考えて王子は口を開いた。
「確かにそれなら最良であると思うが、あなたはそれでいいのか?」
「ええ、構いませんわ。あ、出来ることならハイデマリー様とお友達になりたいです」
これは自分で努力すべきことな気がしないではないが、つい口が滑ってしまった。
「あなたの望みは先方へ伝えておこう。寛大な心と提案に感謝する」
静かにそう言う王子の少年らしさはすっかり鳴りをひそめ、彼は威厳をもって謝意を示した。




