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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第二章 シャルロッテ嬢と悪い種

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34話 対決です

「少し背が釣り合っているからって我が物顔しないで! 殿下は私のものよ!」

 感情に任せた、悲痛とも言えるハイデマリーの叫び声。

 ダンスをしていた私よりも息が荒い。

 王子は私よりも驚いて固まっている。

 感情に任せて暴挙に出る令嬢を初めてみたのだろう。

 いや、そもそも彼の前でそんなことをする人間はいないのだ。

 王宮で、茶会の最中に王族の前で令嬢が他の令嬢を害する。

 何もかも異常事態だ。


 どんな我儘な子供でも、それを出す場所はわきまえている。

 誰がどう見てもハイデマリーはおかしい。

 こんな理不尽な罵倒を公衆の面前で受けたら普通の令嬢ならここで泣いてしまうものだろうけど、私にはそんな暇はない。

 「ハイデマリー様、心配なさらないで。あなたが不安になることなど、何一つないのです」

 人に手を上げた自分が信じられないという風に、呆然と自らの手のひらを見ているハイデマリーに話しかける。

 彼女は後悔しているのだ。

 自分が信じられないのだ。

 そして何かに抗おうとしている。

 そっと、その手を私の両手で包んだ。

 はたから見たら、叩かれた令嬢が相手の手を引き寄せて何かを懇願しているように見えているだろう。


「王太子殿下、人払いをお願いします」

 私の声で王子は我に返り、周りにその指示を出す。

 侯爵家の令嬢が、同じく侯爵家の令嬢に暴力を振るったのだ。

 こんな事が表沙汰になれば家同士の対立、ひいては国が割れる原因になってもおかしくはない。

 軽くても、今後ハイデマリーは貴族社会で孤立してしまうだろう。

 事実を隠さなければならない。

 幼いながらも王子にもそれを理解したらしく、彼の執事と共に最速で対応に当たっている。

「シャルロッテ様、大丈夫ですか?」

 叩かれたのを見ていたソフィアとナハディガルが駆け寄ってきた。

 私はハイデマリーの目を見たまま返事をする。

「私は大丈夫。ソフィアは彼女の侍女とお友達についていてあげて」

 人払いの指示を受けても取り巻き達は目の前に起こったことを頭の中で処理できないのか、動けなくなっている。

 ソフィアと王宮の召使数人が、彼女達の背に手をあてながら退場を促す。

 付き添いの大人達からもこちらが見えないように衝立が並べられ広いパーティ会場は実質私達だけも同然になった。

「ハイデマリー嬢なんてことを。シャルロッテ嬢、顔に傷は……」

 王子の気遣いも、今では邪魔だ。

「傷なんてどうでもいいのです。今はハイデマリー様をどうにかして差し上げなければ。フリードリヒ王太子殿下は他の皆様と安全な場所へ」

 少女に逃げろと言われたも同然で、またしても王子は固まってしまった。

 安全とはどういうことなのか?今、安全でないのは叩かれたシャルロッテではないかと逡巡しているのが見て取れる。

 少年のプライドや心内はどうであれ、私はそれどころではなかった。

 私の目には彼女の左手から肩にかけて立ち上る黒煙が映っていたのだから。

 黒い禍々しいなにかが目視出来ている。


 ねっとりとして絡みつくような不快な空気。

 私はこれを知っている。

「ハイデマリー様負けないで。あなたは誇り高きレーヴラインの令嬢。コリンナが言っていたわ。いつも公平で気高い高潔の姫君だと。聞こえているはずよ? ハイデマリー・レーヴライン」

 最初から不自然だったのだ。

 夜会でもないのに赤いドレスに長手袋。

 そこにすべて答えがあったのだ。

 私は彼女の左手を取ると長手袋を外した。


「ああ! 誰も見ないで!」

 少女の悲痛な叫びが上がる。

 私が暴いたのは呪いの種。

 左手の平に埋まった種から肩口に向かって細い血管のように赤黒い触手が侵食している。

 彼女は何日をこれと共に過ごしたのだろう。

 年端もいかぬ少女が、こんな痛ましい怪異に蝕まれていたのだ。

 長手袋が無ければ人前には出られない。

 濃い色のドレスでなければ、これが透けてしまうかもしれない。

 この少女は侯爵令嬢としての義務を果たそうと、この有様になってさえ努力をしていたのである。

 私の中で強い怒りが湧き上がった。


 なぜ、なんの罪もない少女がこのような目に合わなければならないのか。

 王子もナハディガルも教会の人達も、居合わせた衛兵も青ざめ絶句している。

 可憐な少女にこんなものが寄生しているとは、誰も考えていなかっただろう。

 事情を知っているはずの人でさえ、聞くと見るでは大違いである。

 私は自分の手首から教会で買った腕輪を外すと、ハイデマリーの左手に握らせた。

 一瞬触手の持つ空気が揺らいだ気がする。

 効果があるのだ。


 クロちゃん力を貸して。


 ここにいなくてもこの黒山羊様のお守りには、クロちゃんの毛もつけてある。

 今より悪くはならない、なんとかなるはずだ。

「わ……、わたくしどうしてしまったの。こんな事をしたかったんじゃない。でも止まらないの。何もかもが憎い。苦しい。助けて助けて」

「わかっています。負けないで。あなたを失わないで」

 ハイデマリーは、その目から大量の涙を流しながら助けを求めていた。

 恐怖の中にいるのだ。

 こんな顔を見たことがある。

 兄の侍従のデニスが、最初にクロちゃんを見た時もこんな感じだった。

 これはクロちゃんと正反対ですごく悪いものだけど。

 これは存在してはいけないもの。

 無くさなければならないもの。


 黒山羊様とは違う者。


 黒山羊様、クロちゃん力を貸して。


 彼女の左手を怒りと祈りを込めて握ると、私の口から言葉がこぼれだした。

「いあ いあ しゅぶ にぐらす いああうる むなあうる うが なぐうる となうろろ 」

 それはどこかで耳にした言葉。

 でも私の知らない言葉。

 黒山羊様への祈りの言葉。

 聖教師たちとナハディガルが、信じられないものを見るように私を見ている。

「これは地母神様の祝詞……?」

「いむろくうなるの いくろうむ らじあにい いあ いあ しゅぶ にぐらす」

 私の唇から出る言葉は、彼女の左手に降り注ぎ触手がどんどん縮んでいく。

 今唱えているこれが何かわからないけれど、効いているのだ。


 何とかなるはず。

 何とかしないと。


 助けて助けて力を貸して。


 私の言葉に続いて聖教師達とナハディガルが詠唱している。

 唐突に一陣の風が吹いた。

 それは穢れを祓う風。


 何処かで太い男の人の声が聞こえた気がしたが私は祈りと共に意識を手放した。





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