333話 力です
大声で呪文を唱えるのは、恥ずかしい。
なんというかまるでファンタジーのアニメの主人公を気取っているような気がして、どうしても小声になってしまう。
幸いなことに魔法の行使は、文言を紡ぐことが大事で声量は関係ないようで助かった。
練兵場の時は、魔法が使えるという事実に気を取られて浮かれていたので気恥しさとは無縁だった。
なによりハンプトマン中将をやり込めたくてそれどころではなかったのだ。
ランタンの窓を開けて、杖を差し込む。
「炎を纏うもの 魂の灯火 天界の燃える花火 彼岸に咲く赤い花 その恵みをここに顕し 我が魔力を受け取り給え」
私の呪文に耳を傾けていたギルベルトが、怪訝そうな顔をする。
「ん? んんん? それ呪文?」
助手と顔を見合わせながら頭を捻っているようだが、魔力を使うのに集中しているので気にしないことにした。
ぽわんと、杖の先に赤い花は生まれた。
いつもならそのままランタンの軸に杖の先で触れることで赤い花は火に変わるのだ。
今日はそのまま、軸には触れずにそおっとランタンの中から杖を抜く。
すると、一瞬儚く消えると思われた花は、そのまま杖の先に留まった。
「はあ? 花の魔法?」
ギルベルトは度肝を抜かれたように驚いている。
「これが噂に聞く侯爵令嬢の炎の花ですね! いや、眉唾物かと思っていましたがこれはなんとも見事な」
バウマーが感心しながら、ギルベルトに説明をしている。
学者は世俗の噂などに興味がないので、全く知らなかったようだ。
どこぞの子供の魔法が~という話は、毎年我が子を溺愛する親によって大袈裟に流布する。
そんなものに意識を割くことは学者はしないだろうし、これは仕方ない。
「なんとも不思議な魔法だね。まず呪文の2節目からはまったく聞いたことがない単語だったよ」
驚いたようだが、気を取り直したようだ。
「実は、最初は普通に呪文を唱えようとしたのですが、上手くいかなかったのです。それでイメージしやすい言葉に変えたら、こうして炎の花になったわけで」
「はあ、世の中知らない事だらけだ」
杖の先の花をまじまじと観察している。
「これは火の神様の力の一端と考えていいですよね?」
「ああ、まごうことなく」
私はキョロキョロと辺りを見回し、目当ての物を見つけた。
「そのお茶の受け皿を取っていただいていいです?」
バウマーが不思議そうに皿を私へ差し出したところへ、杖の先をそっと向ける。
「わあ!」
助手は驚いて声をあげたが、手を引っ込めなくてよかった。
そのまま皿へ花を置くと、それは消えずに花の形のまま杖から離れた。
「これは、いったいぜんたいどういうことだい?」
私は花が崩れないのを見届けて緊張をゆるめた。
「練習のついでにたまに試していたのですが、成功してよかったですわ。紙や布に移すとそのまま普通の火になって燃えて終わりなのですが、こうやって燃えないものに移すとそのまま維持できることに気付いたんです」
「燃えているのに燃え尽きない炎の花とは……」
「実際には半日もたたず時間の経過で小さくしぼんで消えてしまうのですが、これは落ち子退治に使えないでしょうか?」
「なるほど、魔力を固めてそのまま維持しているなら通常の火よりも神の力が強いというわけか」
私が説明する前に、ギルベルトは理解したようだ。
杖の先にある火は神の力であるが、それが物質に燃え移った途端普通の火へと変わるのだ。
厳密には違うかもしれないが、現実世界の物質に燃え移るというところで神の力が変質するのかもしれない。
水の魔法も湧き出た瞬間はこの世で最も清き水と呼ばれるが、器に触れた途端普通の水に変わると考えられている。
それは神の力が神聖であるのに対し、俗世の物質はある意味穢れであるということなのかもしれない。
純水を器に入れたら、それはもうただの水になるように。
炎の花は私の記憶力が影響したせいで固形にも似た性質を持っているようで、そのお陰で形を保っているのだ。
「ネズミ捕りならぬ、落ち子捕りと言う訳かい?」
そう、炎の花を燃えない素材のものに乗せて庭に並べておけば落ち子が勝手に引っかけて燃えて死ぬというわけだ。
「使えないでしょうか?」
私の提案にギルベルトはしばし思案する。
「相手は目が見えないから、視覚で誘う事は無理だね。匂いと音といっても小さい爆ぜる音でどれだけ落ち子の気を引けるか……」
「落ち子が出そうな場所に敷き詰めなければ効果は難しいかも知れませんね」
学者と助手は、お互いの顔を見合わせて頷いた。
凄くいい案だと思ったけど、たしかに落ち子が花に触らなければ何も起きないのだ。
庭に並べるにしても、それだけの量の花を出せるのかと言われたら無理である。
結局、私は覚えたての魔法を見せびらかすただの子供になってしまった。