331話 違いです
「我々を囮にして近付いてきた落ち子を叩く作戦だけど、問題はいつまで続くかだね」
「どれだけの時間、どれだけの量を倒せば終わるのか見当がつきませんものね」
1週間なのかひと月なのか。
あまりにも長期に渡るならば、また場所を変える必要があるかもしれない。
あまり考えないようにしているが、目安がないというのは足元が覚束ないような不安定さがある。
「出没するのは夜中で複数だとしかわからないけれど、ひとつ疑問があるんだ」
ギルベルトが真剣な顔でいう。
軍部の床屋外科に整えて貰って髪も髭もさっぱりしているので、前よりも感情がわかりやすい。
少し前までは髪の毛がモサモサで、表情なんてわからなかったのを思い出すと少し笑ってしまう。
「遠目だが観察したところ、その動きにあまり知性を感じなかったんだよ」
確かにアリッサの報告でも子供サイズの方が少し警戒をして隠れたりする位で、赤子の方は避けることも隠れる事も特に考えてなさそうであると報告を受けていた。
人よりは動物に近いということだろうか?
愚鈍の上、目も見えないのでは普通の動物よりも動きは悪いだろう。
「獲物を追うだけの生き物であるとか?」
アリッサは、匂いと音には反応したともいっていた。
「それもあるかもしれないが、お嬢さんは落ち子をどういう存在だと考えているかい?」
不思議な問いかけだ。
その名の通り、神の御許から人の世界に落とされた子では?
神様の遣わしたモノではないの?
「落ち子ですか? そうですね、クロちゃんは黒山羊様の落ち仔で、とても賢いし美しい生き物です。まさに黒山羊様の遣いという感じでしょうか? 悪徳の神の落ち子は……、そうですね。あまり賢くもなくかわいくもないし、クロちゃんとは全く逆かも」
こういっては何だが、同じものには到底思えない。
でもそれは元の神の性質を反映しているからじゃないのかしら?
「元来、落とし子とは神の力の滴り。神威を地上に示すものであり、神から分かたれた恵みであるという」
何だがわかりにくい言い回しだ。
神様の1部が独立したということかしら?
「先程言った通りクロさんはとても賢いね。手もかからないし、人の生活に溶け込んでいる。いや、溶け込みすぎていると言っていい」
鉛筆でガリガリと紙に、自身がしゃべった事を書いている。
こんな時に何だが、仔山羊基金から販売した鉛筆がこうやって普段使われているのを見るのはちょっと嬉しい。
紙の上には、目の無い顔と手に3つ口を持つ生き物と仔山羊のイラストが書かれて、特徴が文字で書き込まれていく。
相変わらず絵の腕前も上等だ。
「この2つの1番の違いは何だと考える?」
うーん、まるでなぞなぞだ。
違いと言ったら全て違う。
外見も中身も何もかも。
そう言えばクロちゃんの元々の外見を考えると、単に目のない白い子供よりも、蔦のような塊の目がいっぱいついた姿の方が比較にならないほど人には怖いのではないだろうか?
そういう意味では悪徳の落ち子の方が、ビジュアル的に怖くないという意味では勝っている?
いや、そんな事は無い。
より怖いという意味では、クロちゃんの方が軍配があがると判断しよう。
やっぱりクロちゃんが1番だ。
あれはあれでよく見ると妖怪みたいで愛嬌があって可愛いし、中身はクロちゃんのままだから行動は愛らしいし、悪くないと今では思える。
かわいくて恐ろしくて愛らしくて賢いのだ。
「目の数でしょうか?」
じっくり考えたけど、他に浮かばなかった。
「いやいや、うん、まあ間違ってはいないか……。質問が悪かったね。僕が考える1番の違いは数だ」
ん?
目の数ではなくて?
「目の数ではなくてね」
私の心の声を見透かしたように言われた。
「僕が知る限り、いや地母神教の把握する限りでも、ここ何百年かで黒山羊様の落ち仔が発見されたのはクロさんだけだ」
希少だとは思っていたけど、そんなにいないものなの?
実はその辺の農場に、普通の山羊としているとかあるのではないだろうか?
そこまで思い出してから、そういえばクロちゃんの外見は私が決めたのを思い出す。
やはり異形の姿のままだと人前に出るのは目立つから、山奥に隠れているとかかもしれない。
もし他にいてもひと目に触れる事がないのならば、聖教師や祭司長がクロちゃんをありがたがる訳だ。
「対して、悪徳の神の落ち子は何十体もいて、そのどれもは個性もなく、まるで夜毎地から這い出てくるかのように出現する。しかも昼間は鏡面に映り込むのが精々で、その存在も曖昧だ」
言われてみれば、生き物としてこの世界に生まれ出たとは思えない。
もし生きて営みをしているのなら、とうの昔に手に口を持つ異形の子供達は人の目に晒されているはずだ。
「存在も、知性もぼんやりとしている。それを僕はこう考えるんだ。悪徳の神の力の1部である事は確かだが、それは希釈されとても薄いモノなのではないかと」
「薄められたモノ?」
クロちゃんが濃縮された1滴の塊だとすれば、悪徳の神の落ち子はその1滴を薄めてちぎって撒き散らしているようなものであるというのか。
それならば、その存在の曖昧さもわからないでもない。
存在しているようで存在しないものと言うべきか。
それは、とっても希薄な生き物ではないか。