320話 旅する童謡です
「王国見聞隊の資料室にならジーアンテュアの言語辞典がありますし、王都の図書館に不完全ながら東の国々の民話集などもありますから皆無ではありませんよ。実際に私達もそれを資料に使った訳ですから」
しょぼんとしてしまった私を慰める為か、助手が声を張って慰めてくれた。
「バウマー様はお優しいのね」
冬越会の時は嫌味で言った言葉だけれど、今は心の底からそう言えた。
嫌味な当てこすりをした私を心配してくれるなんて、爵位のお陰だとしてもこういう時は人の優しさが身に染みる。
「そういう国だから旅行者もほとんどいないのではないかな? 国交がないから国として客人として迎えることもないし、よしんばいたとしても身元を隠している可能性があるから、実際に会うのは難しいと思う」
ギルベルトが残念そうに言う。
なんでそんなに秘密主義みたいな国になっているの!?
やっと見つけた前世の残り香が、するりと逃げてしまったような気持ちがした。
「ジーアンテュア語にご興味がおありなら、メーレスザイレの資料を調べるのもいいですよ」
気を落としている私に、バウマーが教えてくれる。
「大陸の南の最果てにある国メーレスザイレの言葉はジーアンテュア語と語源を同じくすると言われていますし、共通点が多いのです。これは言語学の中でも有名な話なんです」
南の最果てというだけあって、地図でみるとたしかに大陸の一番南に国名が記されていた。
こちらも陸続きであるものの、繋がっているのは一部の土地だけでどちらかというと海に囲まれている。
「まあ! 大陸の極南と極東の言葉が同じなの?」
「そういえばそうだったね。僕は言語には明るくないけど、その話は聞いたことがある。建国の祖が同じ土地の出身じゃないかとか言われてるんだよね?」
この世界には日本人が作った国が、少なくとも2つあるということかしら?
どうせならこの国も日本文化だったらいいのに!
それにしても、どちらも大陸の端っこにあるなんて不便すぎではないか。
他の国と国境を接するのにアレルギーでもあるのか、これも島国気質とでもいうのだろうか。
「ええ、なので今回も私はメーレスザイレの辞書も併用しました。最果て国は極東の様に国交を閉じていませんし、どちらかというと開放的な国ですから、遠くともまだ資料がありますね」
そちらは鎖国してないのね。
そういえば奴隷解放運動について、この2つの国が関わっていることを勉強した覚えがある。
「確か王国が奴隷制度を廃止した時に、自由になった獣人達が向かったのが、この2つの国ではなかったかしら?」
「ええ、良くご存知ですね。どちらも種族差別が無い国で、なんでも始祖が獣の耳と尻尾を絶賛したとか崇拝したとかまで言い伝えもありますから、獣人達の安息の地とも呼ばれていますね」
それは確かに日本人っぽい。
ケモミミとかなんとか聞いたことがあるし、美女に化けた九尾の狐や鶴の恩返しとか人と獣が交わる話も多くある国だもの。
そういうのに抵抗がなさそうだ。
きっと建国者は日本のアニメやゲームが好きな若者なのかしら?
それとも民俗学に傾倒した先生とか?
そう思うと楽しそうな国に思えてくる。
でもそんな国が作られるような昔に、私と同じ様な現代の価値観を持った人間がこの世界にいたの?
世界だけでなく時間も飛び越える事があったのかしら?
残念な事に極南の最果て国も、この時代の移動方法ではかなりの年月がかかりそうで、私が足を踏み入れる事は出来なそうであった。
今はただ、私にとって愛すべき懐かしい文化がこの世界の一部に存在したことを知ることが出来たことに感謝するしかない。
「お話を脱線させてしまいましたわね。申し訳ありませんわ」
落胆しつつ、書付けに話を戻す。
「ええと、どこまで話したのだっけ。そう、僕たちは『噛みつき男』の童謡に着目した訳だ。そしてその歌詞の変化から、最初に歌が生まれた場所を極東ではないかと目星をつけたんだ」
何枚かの童謡が書かれた紙を、地図を指差しながら並べてくれる。
「歌の節はわかりませんが、民話集を見ると大陸の東へ行くほどこの童謡の一部にジーアンテュア語と思われる単語が混じっていたりするんです。現地の人間は異国の言葉だと思わずに、呪文の様に受け取ったのかもしれないですね」
なるほど、この童謡はそうやって言葉を現地の言葉へと入れ替えながら、大陸中に広がっていったのかもしれない。
「こんな風に昔の歌が、国を越えて広まっていくなんて不思議ですね」
たしか卒業式で歌われる「蛍の光」は酒を交えて昔話を懐かしみながら旧友との再会を喜ぶ新年などに歌われるイギリスの歌だったのが、日本にきて別れの歌になったのよね。
そんな風にガラリとまったく違う中身へ変わることもあるのに、こんなに情報の伝達がゆるやかな世界である程度の変化はあれど「噛みつき男」という内容を保っているのだ。
私が率直な感想が述べると、学者がこちらをじっと見た。