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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
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313話 伝達です

「シャルロッテ様、今日も気持ちのいい朝ですよ」

 ソフィアが私に声を掛けながら、窓を開いた。

 部屋に舞い込んでくる青々とした樹木の命を思わせる夏の匂いと鳥の声。

 私はチェルノフ卿の生首の夢のせいか少々寝不足であったが、二度寝はしないで起き上がる。


 まったくなんて夢だろう。

 不思議の国のアリスにマザーグースの替え歌なんて、ナンセンスだ。

 きっと寝る前まで、コリンナの心配をしていたからに違いない。

 そもそも最北の国の外交官であるチェルノフ卿が、ギロチンで首を落とされるなんて有り得ない話だ。

 今日は確かザームエル・バウアーと面会する日だ。

 ぼんやりと過ごす訳にもいかない。


「出ましたよ」

 鏡の前で朝支度をしていると、窓からアリッサが顔を出した。

 例のごとくソフィアには叱られていたが、この台詞がアリッサが自分の登場を告げたのか、また噛みつき男が出たという事なのか判断が出来なかった。

 とりあえずソフィアを宥めて、アリッサの分まで濃い目のミルクティを入れてもらうことにした。

 侯爵家なら家族と朝食室で食事をするところだが、王宮ではひとりでのんびり貴賓室で朝食をとることにしている。

 特別、気怠い日でなくてもベッドにセットしてもらってのんびり食べる事もあるし、誰かを同席させたりすることも。

 独り身というか単身赴任の気分というか、そんな風に私は王宮の生活を楽しんでいた。

 テーブルにはひとりでは食べきれない量のパンや料理が並んでいるので、客の1人や2人が増えたとしてもまったく問題はない。


 アリッサはソフィアを気にしてか、自分から話の口火を切らなかった。

 とすれば、話は噛みつき男の事だろう。

 彼女は、生臭い話をソフィアの耳に入れたくないのだ。

 この子はこの子で、普通の娘であるソフィアを変に気にかけているところがある。

 それは彼女が、私の筆頭侍女であるからではなく、普通にアリッサに向き合って相手をしているからだろう。

 大体の使用人はアリッサの突飛な行動を見て怖がるか遠巻きにするなり、腫れ物を扱うようなところがあるのだが、ソフィアにはそれはなかった。

 ソフィアが長期の帰郷中にアリッサを侯爵家に迎えたので2人が実際に顔を合わせたのはアインホルン伯爵家へ引き取られてからだ。

 周りからアリッサの奇行を聞いていても、彼女はそこほど気にしなかったようだ。

 ソフィアはずっとクロちゃんとビーちゃんの傍にいる訳だし、色々と柔軟なのだろう。

 ただ、私の側仕えとなるならそこはきちんとするようにと、ソフィアは根気強くアリッサに言い聞かせてきた。

 実際には側仕え中は、外側を繕って中身は奔放なままであるがそれでも彼女へのアドバイスを惜しまない。

 そんなところも好ましいのだろう。

 ソフィアは数少ない黒衣の貞女の正体を知るひとりでもある。


 侯爵家に奉公に出ているとはいえ男爵家の5女であるソフィアは、アリッサから見れば貴族様としていっしょくたの存在のはずだ。

 そんなソフィアが庶民であり異形である彼女に普通に接している事実を、彼女なりに感謝しているのかもしれない。


「出たってあれでしょ? 『噛みつき男』」

 ソフィアがお茶を入れながら、テーブルの上にセットしてある新聞へ視線をやる。

 そこには大きな見出しで『噛みつき男、また現る』と、新しい事件を取り上げていた。

 アリッサは少し微妙な表情を浮かべたが、なにも言及しない。

 私は新聞を手を伸ばすと、紙面を読んだ。


 ある商家の下働きの娘が、路地裏で発見されたそうだ。

 いつも通り、路地裏で血の海に倒れて。

 今日の新聞に載っていると言う事は、発見されたのは2、3日ほど前という事か。

 現代日本の様に前日起きた事を、次の日の朝刊にとはいかない。

 物理的に新聞が刷られる速さも違えば、文字を組むのも手作業だ。

 号外でもない限り、ある程度の時間的ズレは否めない。

 それは王都にいる間はまだマシと言うもので、辺境であれば事件の噂が届くのは1ヶ月後であったり、あるいは半年後、もしくは噂すら届かない事もあるのだ。

 その為、王都で発行されている新聞や、読み捨てられた新聞をそのまま各地方へ運んで売る商売すら成立している。

 新聞とは、起きた事件や出来事をいち早く人々に届けるものを指すものと思っていたが、それは当日中や次の日でもなく、人の手に届くのなら1月後でも1年後でも構わないのだ。

 情報が即座に世界を駆け回らない世界では、それが当然の事のようであった。


 紙面には悪徳の神の横行か、はたまた猟奇趣味の人間によるものかと専門家の憶測が書かれている。

 王都でこのような犯行に及ぶとは、王室への冒涜ではないかと憤慨する一文も見られた。

 すぅっと頭の芯が冷える。

 頭が落ちてしまったチェルノフ卿が何だというのだ。

 あれは、たかが子供の私の夢なのだ。

 現実では夢とは比べようにならない、惨い事が起きているというのに。

 新しく何か情報がつかめればいいのだが。

 


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