表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第五章 シャルロッテ嬢と噛みつき男
317/644

311話 ハートの女王です

 とりあえず「湖水公卿黙示書」なるものを探してみようか。

 悪徳の神の事だけでなく、純粋に秘匿された神話の者達への好奇心もある。

 きっとその本には、知らない事がたくさん眠っていることだろう。


 好奇心は猫を殺す、か。

 確かイギリスの諺だった気がする。

 9つの魂を持つ猫でさえ、好奇心には勝てずに死ぬこともあるのだから、魂がひとつしかない人間はより気を付けなさいという意味だったか。

 ふっと、声を立てずに笑う。

 好奇心で死んだわけではないけれど、その諺でいうと私は魂を2つ持つことにならないかしら?

 この世界にはあちらと同じ諺や技術、それらが混沌と存在している。

 世界が分かたれた時に失われずに根付いていた諺なのか、転生者か転移したという者がもたらしたものなのか。

 私の中の前世の知識が、歴史を飛び越えたようにこちらの世界のあちらこちらに散りばめられているようで、まるでごった煮のようだ。

 秩序正しいあの世界よりも混沌としていろいろ詰め込まれたこの世界が、私の目には何より鮮やかで美しい。


 下町でルフィノ・ガルシアが見掛けたという2人組が、コリンナとチェルノフ卿かどうか本人に聞いたら答えてくれるだろうか?

 わざわざお茶会を開いてまで、下町は危険だと伝えたのにどういう事だろう?

 保護者付きなら問題はないけれど、それがチェルノフ卿だなんて……。

 おんぶまでされていたのだから、あの後個人的に礼状のやり取りをして仲良くなっていたとしてもおかしくない。

 コリンナは勉学に意欲的な子だし、なにより社交的だ。

 他国の人との交流も得意そうである。

 友達の付き合いに口を出すのはどうかと思うけれど何故、下町に……。

 はあ、これではまるで子供の交友関係に悩む母親ではないか。

 ちゃんと、彼女にも考えがあっての行動のはずだ。

 いや、本人とはまだ決まっていないのに、これでは取り越し苦労というものである。

 それにしても恰幅のいい男性なんて、この時勢からいって下町をうろついていたら「噛みつき男」と勘違いされるのではないだろうか?

 異国の顔立ちとガルシアも言っていたし、住民は余計に警戒しそうな気がする。

 もしチェルノフ卿だとしたら、コリンナを連れて歩く事で子供連れだと住民は安心するのではないだろうか。

 そう思うと連れ立って出掛ける意味もわかるのだけれど。

 何だか考えがまとまらないまま、私はいつしか眠っていた。




 夢の中で、私は不思議の国のアリスの格好をしていた。

 エプロンドレスにエナメルの靴。

 周りには、奇妙な木々に曲がりくねった小道。

 木陰からひょっこり顔を出した兎耳の少女、大きな懐中時計を持ったコリンナを追いかけている。

 追いかけても、追いかけても、するりとコリンナは逃げていく。


 待って、コリンナ

 どこへ行くの?


 追った先には着飾った赤いドレスの女性が、玉座に座ってトランプの兵士達にかしずかれていた。

 その女性の顔は真っ黒で、渦を巻いている。

 悪夢のような、ぐるぐると闇の渦を巻く顔。

 無貌の女王様の前には、チェルノフ卿が引っ立てられていた。



 さん、はい!


 女王の合図で、兵士達は歌い出す。



 ハートの女王 レモンパイ焼くよ

 夏の日 朝から晩までかけて

 ハンプティダンプティ

 レモンパイ盗るよ

 パイを全部持ってった


 ハートの女王 パイを返せと

 ハンプティ

 何度もむち打ち続け

 ダンプティ

 パイを差し出した


 ハートの女王は申します


 首を切って、お終い!!



 おしまいおしまいおしまいおしまいおしまいおしまいおしまいおしまい

 おしまいおしまいおしまいおしまいおしまいおしまいおしまいおしまい



 大音響で歌が頭に響くと、ギロチンが現れてチェルノフ卿の首を落とす。

 金属が滑り落ちる音の後に、肉を切断する鈍い音が続く。


 ざくり


 頭が繋がっていた場所からは、どくどくと黒いものが流れ地面を染める。

 ギロチンの刃が落ちると同時に、その勢いで切り離された頭が跳ねた。


 それはまるでボールの様だ。


 ぽーん、ぽーんっと軽快に飛び跳ねながら、私の前へ転がってぴたりと止まる。

 そうして、くるりと私と向き合うように頭は回転し顔をこちらに向けたチェルノフ卿が満面の笑みでウインクをした。


 残された体はむくりと起き上がり、両手を前に差し出してよろよろと歩みを進める。

 頭の無い大男。

 体も私の前までくると、頭を拾って首にあてがってみせるが、それはもう元には戻らなかった。



 王様の家来も 兵士も 馬たち みんな

 壊れた彼を 直せなかった



 マザーグースの歌が流れている。

 頭の無い大男は、そのままどこかへ去って行った。


 壊れたハンプティダンプティを治せる人はいないのだ。

 私はそれを黙って見ていた。

 目の前で打ち捨てられた頭が、りりりりと鈴の音のような音をたてている。

 それは何故だか、笑っているのだと私にはわかった。



 私は寝台で大きく目を開けた。

 なんて夢だろう。

 悪夢もいいところではないか。

 寝る前にチェルノフ卿の事を考えていたから、変な夢をみたのだと自分に言い聞かせる。

 チェルノフ卿の首が、落とされる夢なんて……。

 それよりも首の無い体が動く方が不吉であった。

 世間で言われる「噛みつき男」とは、まさにあんな風なのではないだろうか?

 私が体を起こすと、寝ていたクロちゃんがどうしたの?とでも言うように顔をこちらに向ける。

 何でもないのよと、頭を数回撫でると安心した様に枕に顔を埋めた。

 この子が落ち着いているのだから、きっと今のはただの夢なのだ。

 夢であって欲しい。


 何だか胸騒ぎがしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ