308話 太陽の恵みです
私がひとつひとつの感想と紋章入の楊枝の提案をすると、ガルシアの侍従であろう人がメモをとってくれた。
食事をしながら話を聞いたのだが、ルフィノ・ガルシアは個人でこの国に来たのではなく、表向きは使節団として国から派遣されたそうだ。
途中の旅を楽しみがてら団体とは別口で入国したそうだが、料理の品評会の準備は共和国の意向という訳だ。
先ほどからメモを取ってくれているのは侍従ではなく、使節団付きの秘書らしい。
国としての商売なので、料理の細かい感想や指摘は有難いと秘書の人からも感謝された。
こちらこそおいしい食事を出してもらって感謝されるなんて、ありがたいことだ。
ガルシアの招待状は不意打ちというか、紛らわしいものであったけれども、食事がそれを忘れさせてくれた。
オリーブ油が浮かぶパンが浸された大蒜のスープや、肉厚の茸の傘に腸詰肉を切ったものとオイルと香草を詰めて焼いたもの、干し鱈を戻して油で煮込んだものにトロリと乳化させたオイルのソースをかけたもの、ショートパスタを魚介の出汁で煮込んだものなど、そのどれもが塩とニンニクが効いて食欲をそそる。
大蒜と塩とオリーブ油の効いた料理は王国の人間の舌には少し重たいものかもしれないが、コース料理や盛り合わせ料理のうちの何点かのみとして出すなら問題は無さそうだ。
盛り付けと薄味に気を付ければ王国人が好みそうなフルコースも務めることが出来るだろう
どの料理も太陽の恵みを感じさせてくれて、行った事の無い土地なのに青い空と強く照り付ける陽射しを自然と思い描かせた。
ガルシアは始終礼儀良く楽しく会話をしてくれたし、その晩餐は素晴らしいものであった。
トマトもふんだんに使われていて、ガルシアが言うにはオリーブと共に国を代表する農作物だそうだ。
彼の髪の色を母親がトマト色と評したのも、何だかわかる気がした。
貴族とはいえ、しっかりと教育を受けていないのであれば彼女にとって1番身近な赤色とは、毎日の食卓を彩る鮮やかなトマトだったのだろう。
そう思うと何だかやるせない気がした。
今日のお行事の良いこのガルシアは、私に母親を見ているに違いない。
そうでなければ、あのキザな男がここまで無邪気に振る舞う理由がないもの。
母親を亡くした子供の気持ちはわかるから無下にはできないが、それを言ったら王子もそうである。
王子も私との婚約の決め手は母親への思いであったろうけど、彼は年齢的にも仕方がない歳であった。
それにきっかけは何にしろ私自身をちゃんと見てくれているのが分かるので、そこに思うところは無い。
だが、ガルシアは立派な青年であるのに私を母親の代わりにしそうな気配があって、なんというか居心地が悪いのだ。
子供に慕われるのは嫌では無いけれど、流石にそれが成人であると変な気持ちだ。
彼にはきっと年頃の娘や私のような少女ではなく、甘やかしてくれる年上の抱擁力のある女性がお似合いなのだろう。
向いている方向が違うのが気の毒である。
いっそ乳母のマーサを紹介しようかとも思ったが、それはそれで怒られそうで辞めておいた。
食事も後半になり、厨房からは先程から甘い匂いが漂ってくる。
調理中の音や香りは、厨房と続きになっている部屋での食事の楽しみのひとつだ。
一旦、テーブルの上のものは下げられて、使用人が平らなスコップのような塵取りで、テーブルクロスの上を撫でつけて、散らかったパンくずなどを綺麗に掃除してくれる。
塵取りといってもそれは銀製で、細工の入った美しいものだ。
そうしてクロスの皺もパンくずも取り除かれた所へ、デザートが運ばれてきた。
ナティージャと呼ばれるプリンのようなものに、小さい堅パンが添えられたもの、扁桃粉と蜂蜜で練った焼き菓子、榲桲という花梨を砂糖とレモン汁で煮詰めて固めた羊羹のようなメンブリージョ、そのどれもが初めての味で口にいっぱいに甘味が広がる。
そしてポルボロン。
「『ポルボロン』はこの間、いただきましたわ。ロンメルが差し入れて下さったの」
「ああ、使節団が貴族や王宮に出入りする業者へ配ったものだね。じゃあおまじないのことも聞いたかな?」
「ええ、口に入れて崩れる前にポルボロンと3回言うのですよね。友達が挑戦していましたが叶ったのかどうか」
「君はしなかったの?」
「ええ、だって願い事には代償が必要と言いますでしょう? その時ちょうどそういうお話を聞いたところだったので、怖くて出来ませんでしたわ」
私はそう笑って答えた。
「懸命だね。そう、願い事を叶えるには相応の代償が必要なのは昔話でもなんでも言われているのに、人は何故それを忘れて願ってしまうんだろうね」
「トマティートさんも、何か願い事を?」
ふっと、ガルシアの顔が寂し気に曇る。
「何度もしたかな」
そこで言葉が途切れた。
ああ、母親に会いたいと願ったのか。
「小さな私は願い事を叶える為に何度もおやつにポルボロンを欲しがってね。周りにはすっかり好物だと思われていたんだ」
彼はすぐに、にこやかな表情に戻りそれを笑い話に変えた。